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「ヤクルト1000」「R-1」大ヒットに胸中は? 国内初のビフィズス菌乳製品を開発した森永乳業の“自戒と勝算”

森永乳業株式会社 営業本部 マーケティング統括部 岡田祐美子さん

森永乳業株式会社 営業本部 マーケティング統括部 岡田祐美子さん

 「乳酸菌」といえば、日本人にとって馴染みある“善玉菌”として広く認知されている。ヒット商品も多く、コロナ禍で売り切れが続出した『ヤクルト1000』や明治の『R-1』は、その代表と言えるだろう。一方で対局を担う「ビフィズス菌」はどうか。実は酸素や酸に弱い一面があり、商品として成立させる“難しさ”が常に伴われてきた。その難ある部分を「愛すべき」と語るのが、「ビフィズス菌」を乳製品として日本で初めて商品化に至らしめた森永乳業だ。地道な研究を続けて50余年。『ビヒダス』などのヒット商品も生み出したが、コロナ禍における市場としては「乳酸菌飲料」に先手を取られた印象が拭えなかった。競合企業の大ヒットを横目に、研究を続けてきた同社は何を思っていたのか? 今回、同社はビフィズス菌の新たな技術を取り入れた商品を発売。菌の力を信じ続けた先に見えた一筋の光明を新商品「PURESU(ピュレス) 発酵酢ドリンク」 担当者に聞いた。

赤ちゃんのお腹にビフィズス菌が多く棲んでいることに着目、50年以上に及ぶ研究がスタート

 森永乳業は1921年に育児用ミルク「森永ドライミルク」を発売。発売後、育児用ミルクと母乳との違いや赤ちゃんの健康に関する研究を行う中で、「赤ちゃんのお腹の中にビフィズス菌が多く棲んでいる」との事実に着目し、そこから同社のビフィズス菌研究が始まった。さらに腸内細菌や腸内環境にまで幅を広げ、50年以上にわたり研究を続けている。

「ビフィズス菌は腸内で酢酸を出しますが、この酢酸が腸内の悪い菌を抑制して腸内環境を改善してくれる、というのが大きな発見でした。その当時、『この菌を皆さんの健康や幸せな暮らしに役立てることができる』『ビフィズス菌ってすごい』と、とてもテンションが上がったそうです。さらに研究を進めるといろんなことが明らかになり、腸の健康からお客様の健康長寿に貢献し、お客様の生涯を通じてサポートできる可能性を感じたといいます」(森永乳業株式会社 営業本部 マーケティング統括部 岡田祐美子さん/以下同)

 しかし、ビフィズス菌は酸素のない大腸の中に棲んでいるため、酸素や酸に弱く、「製品化するのがとても難しい」という問題があった。そんな中、1969年にヒトのおなかに棲む種類の ビフィズス菌の中でも比較的酸素や酸に強いタイプの「BB536」が発見された。「これなら製品化できるかもしれない」と、同社はビフィズス菌入りヨーグルトの開発に着手することに。

「すべてのヨーグルトにビフィズス菌が入っていると勘違いされる方もいらっしゃいますが、実はそうではないんです。乳酸菌は植物や土壌中にもいる菌のため発酵食品に伝統的に利用されてきましたが、ビフィズス菌は生き物の腸内など酸素がない環境でしか生きられません。製品化したいアイデアはどんどん出てくるのに、簡単にはできないもどかしさがありました。当時、研究員たちを動かしていたのは、ビフィズス菌への可能性。国民の健康を背負うんだという使命感でした。そのなかで見つかった『ビフィズス菌 BB536』 は、私たちの中では『ついに見つけた!』という希望の光でした」

 1971年に「ビフィズス菌入り発酵乳」をエリア限定で発売。同社スタッフは手応えを感じ、「ビフィズス菌が入った商品を、もっと広く発売していきたい」と決意を新たに。そして1978年、満を持して「森永ビヒダスヨーグルト(現:ビヒダス プレーンヨーグルト)」 を全国発売。「ビフィズス」の外国語での発音をヒントに 「ビヒダス」を名に冠した同商品は、「ビフィズス菌入りヨーグルト」の認知度を上げた最初のアイテムとなった。

「ヤクルト1000」異次元のヒットから見えた“新しい価値”

ビヒダス プレーンヨーグルト

ビヒダス プレーンヨーグルト(画像提供:森永乳業)

 元々は砂糖の入ったヨーグルトが主流だったが、1970年の大阪万博以降で“プレーンヨーグルト”への注目が高まった。食卓に出ていたヨーグルトは、“ヘルシーな嗜好品”と位置付けられた。91年には、特定保健用食品制度が開始。同社の「ビヒダス プレーンヨーグルト」 も表示許可を得た。さらに人々の健康意識が高まると、2000年代には『メタボ』がキーワードに。“脂肪0”のヨーグルトが流行り、タンパク質を摂ることができるヨーグルトが流行り、時代によって少しずつ変化していくニーズをとらえながらの商品開発が求められた。

 2010年代には機能性ヨーグルトブームが到来。「健康な食品といえばヨーグルト」という認知がますます強くなっていった矢先、2020年に起こった新型コロナウイルス騒動をきっかけに、大きな転換期を迎えることに。その最中でヒットしたのが、『R-1』 に『ヤクルト1000』……独自の機能訴求が脚光を浴び、需要が急騰。森永乳業は、他社の“異次元”とも言えるヒットをどのように見ていたのか?

「乳酸菌もビフィズス菌も『腸内環境にいいもの』としてセットで語られるようになって久しいですが、我々は学術的には“別のもの”と考えています。なので直接的な競合商品というわけではないのですが、コロナ禍で他社さんの商品が売れたことで、気づきを得た部分も大いにあります。例えば『ヤクルト1000』のヒットは、ヨーグルトの立ち位置を見直すきっかけとなりました。機能性が注目され、ヨーグルトが『健康であるための代名詞』にまでなったのがコロナ前。でも、コロナに対する具体的な対応策が分かってきたことに比例し、ヨーグルト市場は停滞。一方で乳酸菌飲料の『ヤクルト1000』は需要が上がっていく状況を目の当たりにしました。ヨーグルト市場を牽引してくれていたのは、もともと健康意識が高い方たちです。そんな人が身体的な健康のニーズからいったん離れて、『もっとゆっくり寝たい』『我慢するのは疲れた』など心の健康面をケアしたい意識に変わったのかもしれない。他にも様々なことが推測できるわけです」

 実際に「お客様の中で何か変化があったのだろう」と察知した岡田さんらマーケティングのスタッフが調べてみると、ヨーグルトの消費が停滞しているのに対して、お酢飲料の売上が上がっていることが判明した。なぜ人々の消費動向がお酢に向いたのかと深掘りしていくと、「健康や美容に良さそう」という理由の他、「気分をリフレッシュするために摂取する」というニーズが多く見られたのだ。

「これはヨーグルトにはない価値だなと思いました。乳酸菌飲料やお酢飲料など他カテゴリーの商品のヒットをチャンスととらえて、このニーズに対して何か新しい商品を提供できないかと考え始めました」

機能性が目立つヨーグルト関連商品に不足していた“嗜好品”としての立ち位置

 ちょうどその頃、同社の研究所では「ビフィズス菌とそれが生み出す酢酸による新しい価値提案をできないか」と思案していたタイミングだった。

「生乳からチーズを作るとホエイという上澄み液が出ます。そのホエイとビフィズス菌や酢酸で何か新しいことができないかと考える中で、『ホエイをビフィズス菌で発酵させたら面白くない?』というアイデアが生まれました。私たちマーケティングはお客様のトレンドについて考えていましたが、それをこの研究と掛け合わせたら面白いものができるのではと思いました」

ホエイなどを発酵させ今回の新商品が作られた(画像提供:森永乳業)

ホエイなどを発酵させ今回の新商品が作られた(画像提供:森永乳業)

 こうして森永乳業は「ホエイなど をビフィズス菌で発酵させ、お酢のような酸っぱい味で、リフレッシュメントにも貢献できる商品」というアウトラインを決め、何度も試作を繰り返しながらビフィズス菌の新たな価値を模索していった。

 約3年の開発期間を経て、新健康飲料「PURESU(ピュレス) 発酵酢ドリンク」 が完成。「ざくろ味」「マスカット味」の2種類で4月2日より全国発売された。「きゅんとすっぱいのに、まろやか〜」な味わいで、かつ「疲労感を軽減」「おなかの脂肪を減少」「腸内環境を改善」の3つの機能※を表示している。(※酢酸、ビフィズス菌BB536の研究報告)

「“健康”というヨーグルトにあったベースの価値を保ちながらも、気持ち的にも味わい的にも楽しんでもらいたい。今、多くの皆様は一人でたくさんの役割をお持ちです。親だったり、フルタイムワーカーだったり。そういう役割やタスクの切り替えがたくさんある中、ふと一息つくタイミングでこのドリンクを飲んでご機嫌になってもらいたい。これは、近年のヨーグルト関連商品に不足していた考え方でもあると思うんです。良い気分になればその日一日を楽しく過ごせますし、その積み重ねが良い暮らしに貢献できると考えています」

「PURESU(ピュレス) 発酵酢ドリンク」

「PURESU(ピュレス) 発酵酢ドリンク」

 森永乳業がビフィズス菌の研究を続けて50余年。いわゆる”ビフィズス菌研究のパイオニア”として「これまでお客様の健康に貢献し続けてこられたことが、一番の功績かなと思います」と胸を張る岡田さん。現在は「PURESU(ピュレス) 発酵酢ドリンク」 のプロモーションに力を入れる一方、さらにビフィズス菌の価値を広く知ってもらうための啓発活動にも注力しているという。

「おなかに良い菌といえばビフィズス菌というところまで、お客様が知ってくださるようになった。それは嬉しいと思う反面、ビフィズス菌の良いところをもっと知っていただく努力をしなければならないと思わされます。当社の課題でもあるのですが、乳酸菌とビフィズス菌は“善玉菌”としてくくられ、混同されやすい。でも健康へのパワー、特に大腸への機能面では、ビフィズス菌は突出して素晴らしい魅力があると断言できます。ビフィズス菌が酸に弱く、製品化が難しいところも、かわいい子どもみたいなものなんです(笑)。これからもお客様の健康意識やニーズも変わってくると思いますが、その時々で、美味しさを大事にしながら、皆様の健康で豊かな社会づくりに貢献していきたい。今後も『ビフィズス菌と言えば森永乳業』だと言っていただけるように頑張っていきたいです」

(取材・文/水野幸則)

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