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元ちとせ、デビュー曲「ワダツミの木」ヒットから20年「歌いたくないと思ったことは一度もない」

 2002年にメジャーデビューを果たした曲「ワダツミの木」が大ヒットし、“100年に1人の歌声”と称された歌手・元ちとせ。当時、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、倉木麻衣、BoAなど、次々と“歌姫”が誕生していた激戦の時代に、シマ唄の歌唱法を取り入れた彼女独自の歌声が日本全国に衝撃をもたらした。それから20年、目まぐるしく変化し続けてきたJ-POPカルチャーの中で、元ちとせのスタンスは驚くほど変わらない。7月6日にリリースとなる、14年ぶりのオリジナルアルバム『虹の麓』でも、“100年に1人の歌声”は健在だ。昨年には世界自然遺産に登録された地元・奄美、20年間歌い続けてきたシマ唄への変わらぬ思いを聞いた。

「ワダツミの木」イメージのままでいい 幾度のリクエストも「歌わない方がおかしい」

「ひとつのことに対して丁寧に向き合ってきましたし、20年間良いペースで活動を続けてこられたと思います」と、デビュー20周年を感慨深げに振り返る元ちとせ。「ワダツミの木」のヒット以前は全国的に名も知られていなかった奄美大島が、広く注目されるきっかけを作ったことに対してはどう感じていたのだろうか。

「奄美の実家は同級生ですら知らないような小さな集落だったので、私がデビューしたことでそこに観光バスが来たりするようになったときはちょっと焦りました(笑)。自分で選んだ人生だけど、何かとてつもない大きなものを背負ってしまったな…という感覚はありましたね。私がデビューする以前から東京に出てきている人からは、『君のおかげで堂々と奄美出身だと言えるようになった』と言われたことがありました。それまで奄美出身だと言うのを恥ずかしがっていたということがショックで、故郷に自信と誇りを持ってほしいと思ったのを今でも覚えています」
 大ヒット曲を生み出したアーティストは、その後のプレッシャーやイメージ脱却に苦悩することも少なくない。ところが彼女は、「全くプレッシャーを感じなかった」と笑う。

「あれから色々な所で「ワダツミの木」のリクエストを頂くようになって、『歌いたくないと思ったことはないのですか?』と聞かれることがありますが、この20年間、本当に一度もないんです。むしろ“歌わない方がおかしくない?”ぐらいに思っていて(笑)。ただ、他のアーティストの方にカヴァーしていただくこともありますが、『やっぱり元ちとせが歌う「ワダツミの木」が一番良いね』って思われなきゃいけないなというプレッシャーは常にあるかもしれません(笑)」

13年前から奄美を拠点に音楽活動、2児の母として子育て中「子どもはYOASOBI歌ってる」

 元のデビュー当時はCD全盛期。宇多田ヒカルや浜崎あゆみ、倉木麻衣やBoAなど“歌姫”と呼ばれるアーティストが続々と誕生した時代でもある。彼女たちがヒップホップ、ロック、テクノなどと、次々に新たな姿を見せようと模索する中、元ちとせはこの20年、ひたむきに自分の歌を歌ってきた。

常に新しい音楽を生み出し続けるJ-POPと伝統を継承していくシマ唄では相反するものがあるが、突如POPカルチャーの渦に入り込んだ奄美出身のアーティスト・元ちとせは、どのような思いで活動してきたのだろうか。
「例えば“宇多田ヒカルさんってカッコいいな”とか思うことはありましたけど、“歌姫たちを倒してやる!”みたいなライバル意識は全くなかったです(笑)。見え方や楽曲に関しても“ああなりたい、こうしたい”という願望はほとんどなくて、周りから『新しいタイプの音楽やってみたら?』と言われることもなかったんですよね。それは多分、私がデビューするまでシマ唄しか歌ってきていなかったというのも大きかったのかなと」

 「もっと売れたい」「新たなイメージを打ち出したい」と欲が出ることもなく、いわゆる“都会に染まる”こともなかった。激動のJ-POP時代を生きながらも、変わらず自身のスタイルを貫いてきた彼女だが、プロデューサーとして多くの楽曲を手掛けてきた上田現さんの死によってオリジナル楽曲の制作がストップした時期もあった。2009年には長男の出産を機に故郷・奄美大島に戻り、それからは東京と行き来しながらマイペースに音楽活動を続けてきた。

「奄美にはいつか帰ろうと思っていました。レコーディングなどで家を空けることも多かったので、地元の方々に助けてもらいながら子育てできたのはありがたかったです。奄美では自分らしく正直にいられるので、“ホッとする場所だな”と実感することも多いですね。いま子どもは高校生と中学生なのですが、SNSなどで音楽の情報を取り入れるのが早くて、最新の人気の曲なんかをよく口ずさんでいます。日常の中にシマ唄があるなかで、カラオケでYOASOBIの曲を歌う姿を見ると、昔と今では新しいものをキャッチするスピードが全く違うんだなと気づかされます…(笑)」

広島での経験が変えた歌への想い 奄美出身アーティストとしての責任と平和への願い

 都会の喧騒に惑わされることなく、奄美出身の彼女らしい独自の魅力を維持してきた元だが、歌に対する想いに変化があったという。

「2002年に広島の原爆資料館を訪れるまでは、 “歌う場所があって嬉しいから歌う”みたいな気持ちで音楽活動していました。でも原爆資料館で戦争の惨さを目の当たりにて、正直どう言葉にしていいのかわからないぐらいの衝撃を受けましたし、そういうこととちゃんと向き合ってこなかった自分を恥ずかしいと思いました。いまは戦争を実際に体験された方々の生の言葉を聞ける機会がどんどん減っているので、戦争の恐ろしさや悲惨さなどを風化させないようにしなければという思いで『平和元年』を作りました」

 奄美大島は1953年の本土復帰まで、第二次世界後は米軍の統治下で苦難の時期があった。元は、2015年に平和への想いを込めたというカヴァーアルバム『平成元年』をリリース。今回14年ぶりのオリジナルアルバムとなる『虹の麓』も、テーマは変わらない。
「シマ唄やオリジナル楽曲を通して“平和への思い”“戦争を起こしてはいけない”といったメッセージを伝えていかなければいけないですし、自分がやるべきことを見失わずに生きていかなければと思っています。それから、奄美大島の人達にも改めてこの島で生き抜いてきたことを誇りに思ってもらえるように、奄美を盛り上げていきたいです。最近では観光客を迎え入れる体勢が再び整ってきたので、気軽に旅ができるようになったら奄美に遊びに来てもらえたらうれしいです」

 唯一無二のアーティストとしてキャリアを築いてきた20年の間で「音楽を嫌いになることは一度もなかった」と語る元ちとせ。さらに「死ぬまで歌いたい」と力強く音楽への情熱を言葉にした。『虹の麓』に収録された「えにしありて」については、「奄美の自然の素晴らしさとか美しさを伝えるための歌でもあるけど、地元で暮らしている私にとっては、奄美の人たちが地元の誇りだとか宝物みたいなものを再発見してもらうためにも歌いたいと思う新しい歌なんです」と語っている。最後に、彼女は奄美大島で生きる者としての覚悟を語り、このインタビューを締めくくった。


(取材・文=奥村百恵)

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