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“ムダの極み”が逆に良い…“粗ドット絵”の魅力 元任天堂デザイナーがフリー素材サイトを作ったワケ
“クリエイターストレス”を発散する“営利を追求しない”ものづくりの場を
「なかには抽象化しすぎて、何だかわからなくなっているものもあります(笑)。でも『それでもいいじゃん』というノリでメンバーと作っているうちに、『粗ドット』素材がどんどん増えていきました。『みんなに使ってもらえたら楽しいよね』とオープンしたサイトが『DOTWON』でした」
ダウンロードサイト『DOTWON』には、食べ物・乗り物・人物・建物・植物・季節イベントの素材から、ちょっぴり遊び心のある素材まで700点以上を公開。商用目的も含めて誰でも無料で利用でき、広告も入っていないのが特徴だ。
「営利を追求しないのは、前田デザイン室が『仕事では味わえないクリエイティブ』を掲げるコミュニティだから。こんなアイデアがあるんだけど、日々の仕事に追われてなかなか実現できない──。そんな“クリエイターストレス”を発散したいというデザイナーやクリエイターが集まってものづくりを楽しむ場所なんです」
デジタル技術の向上による弊害…制限があった時代は、より本質の部分が問われた
任天堂とドット絵といえば、初期の『スーパーマリオブラザーズ』など、不朽の名作が想起される。ハードの進化に伴って現代では実写と見紛うばかりのリアルなグラフィックが可能になったが、レトロゲームや「粗ドット」のように、ビジュアル表現に制限があるからこそ掻き立てられるクリエイティビティはあるのだろうか。
「僕はビジュアルよりも、コンセプトやアイデアといった“デザインの中身”や“本質”の部分をいかに詰めるかを追求するタイプのデザイナーです。というか“見た目”を追求できなかったから、そちらに注力するようになったのですが…(苦笑)。グラフィックの制限があった時代は、より中身や本質の部分が問われたんじゃないかなと思っています」
デジタルツールの充実で美麗なグラフィックはもちろん、クリエイターの表現の幅は格段に広がった。しかしその選択肢の多さが、逆にクリエイターを惑わせている側面もあるという。
「あれもこれもできちゃうから、『どこから手をつけていいのかわからない』というクリエイター志望の若者もいます。あるいは、『クリエイターの仕事がマルチタスクになりすぎて、特化したスキルが伸ばせない』という悩みもよく聞きます。前田デザイン室のテーマは『永遠の童心』なのですが、『粗ドット』は積木やブロックのようにも見えませんか? そういったシンプルな遊び心に立ち返ったものづくりを楽しみながら、クリエイティブの本質の部分も磨くことができる。そんな場所を作りたかったのもありましたね」
任天堂では“自由な発想と遊び心”が代々継承「合理性も大事だが“ムダなもの”にこそ価値が」
「『粗ドット』は僕が規則性や概念を考案し、前田デザイン室のメンバーが自由に作成することで素材を増やしていったのですが、規則性さえ理解すれば誰でもデザインすることができます。ただ僕としてはマヌケさや可愛さといった概念の部分も大事にしたいなと思っていて、『DOTOWN』に採用しているのもそんな感じのデザインが多いですね」
『DOTOWN』では、アクリルたわしやシール、アイロンビーズ、クロスステッチなど、「粗ドット」の楽しい使い方も紹介している。また現在は、簡単にゲーム作成ができるアプリ『スプリンギン』とコラボレーションした『わたしのムダゲーコンテンスト』も開催中だ。
「コストパフォーマンスや効率化、合理化が正しくて、ムダなもの、失敗することはダメ。そういった今の風潮にしんどさや疲れを感じている人もいるんじゃないかと思うんですね。前田デザイン室は、仕事ではないのでどんどん失敗していい。粗ドットの中にも『これはいつ使うの?』と聞きたくなるような一見ムダなものもあります。でもだからこそ、いいんです。緩く妥協しているのではなく、大人が真剣にふざけているからこそ面白い。何もかもが完璧でキレイなものが揃っている今、『“それでいいんだよ”と粗ドットが許してくれる感じがする』という人もいます」
暗いニュースが続くなか、2月2日の“ピースサイン”が2つ並んだ日に『DOTOWN』を公開したのは、「デザインで皆が楽しく笑顔に平和に!」という願いを込めてのことだったという。脱力感あふれる「粗ドット」だが、その根底には社会的な意義とメッセージがあったのだ。
(文/児玉澄子)