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「スーツ着ない文化」定着で岐路に立つ紳士服、それでも専門店が模索する“カッコいい”の指標となるスーツの在り方
本当にスーツ=没個性なのか? 大人になる“覚悟”としてのスーツ
だが一方で、なんとなく「堅苦しい」「没個性」「野暮ったい」といったネガティブな印象もある。「没個性」に関しては、外国の人々から「皆、同じ格好をしていて少し怖い」といった意見や、SNSで「同調圧力」「量産型」などの声があることも事実。また、着てみたはいいものの、違和感が拭えず、なんだかスーツに“着られてしまっている”と感じる人も少なくないはずだ。
多様性が認められる時代において、なぜ大切な日の装いとしてスーツを選ぶ人が多いのか?「スーツはタキシードやモーニングといった礼装のなかでも一般的に使いやすい服装として浸透しているからだと思います。またマナーやルールなどを重視する日本人の文化、感覚が働いているとも考えられます」(青山商事 住吉氏/以下同)
「堅苦しい」「野暮ったい」という意見については「一つはスーツというものを着慣れてないということがあるのでは。学生時代の普段着はゆったりとしたカジュアルな服装で過ごした方から見れば、スーツは生地もしっかり、肩の縫い目もある。その違いからファーストインプレッションとして堅苦しさを覚える方もいる。もう一つは着こなしのルール。スーツに合うのはこういうシャツ、ベルト、靴という法則がある。それを理解して基本を身に着けるとキレイに着こなせるようになるのですが、ルールを“制限”ととらえてしまうことで、スーツの存在が若年層にとって遠いものに感じられてしまった背景があると思っています」と分析。
「実際、特に新入学用のお客様の場合、親に勧められて来店したはいいものの、ご本人はあまり着たくないとか、なぜ着なきゃいけないんだという反応をされている方もいらっしゃいます。しかし親御様は、やはり大人になるステップアップとして、身だしなみを整える、大人への準備という視点でスーツを着たお子さんの装いを見ていらっしゃる。ご本人さんも、一度スーツに袖を通すと、試着室から出てくる顔立ちがまったくの別人になる。そんな瞬間に日々私たちは立ち合います。大人になる“覚悟”として、フレッシャーズの皆様にもスーツを着る“想い”はあるんだなと感じます」
そもそもスーツはリラックスするための服だった? “3.11”以降、その根幹に立ち帰る動きが加速
これが明治維新以降日本に輸入され、外国文化への憧れも伴って頻繁に着られるように。そのため、貴族のリラックス服という歴史は輸入されず、重要な場や礼装といったイメージが先行して、現在のスーツへの印象へと至る。
貴族服の象徴として君臨したスーツが、なぜ「野暮ったく」見えるのか。「一番のポイントは、サイズ感や丈感が合っていないこと。自身の体にフィットしているかどうかが8割を占めると思います」と住吉氏。肩幅、胸・胴まわり、袖の長さ、着丈、背中のシワ、パンツのサイズをチェックすることが大切だという。
「初めて着る方は、着慣れてないことへの抵抗感もあると思います。実際、そういったお客様の声も挙がっていましたし、スーツが堅苦しいという印象を抱かれる方に、“実はすごく楽なんだ”と思ってもらえるよう、 “アクティブスーツ”の開発にも注力して参りました」
この“アクティブスーツ”の起点となったのが2011年の東日本大震災だと言う。「世界的なトレンドも背景にはありますが、東日本大震災があってから節約志向、エネルギー消費を抑えるエコロジーの観点から、自転車通勤をされる方も増えました。その際に“もっと動きやすくてラクに着られるスーツがあったら…”というニーズが高まり、生地の素材や製法も伸縮性にこだわるように。弊社では2014年頃からこの取り組みが本格化したのです」
この流れから同社では一般的なスーツ生地が4〜5%の伸縮性のところを15%にまで高めた「PT-9」を開発。発売した2016年から、毎シーズン改良を行っているという。
スーツそのものがボーダーレスに「“自己表現”するためにスーツを着る」
「スーツを着ていても、こんなに楽に動けるんだということを実感して欲しい。堅苦しいというイメージを払拭するために、弊社の店頭ディスプレイでは、『PT-9』を逆立ちしているようなポージングのマネキンに着せて、こういう動きもスーツでできるんだというのを目で見てわかるようにしていたこともあります。いかにスーツを身近なものだと捉えていただけるか。『PT-9』の開発やリニューアルを通して、スーツに課せられた課題とも向き合ってきました」
またこの多様性の時代、住吉氏はスーツの在り方そのものが変わるかもしれないとも語る。「若年層はスーツをどのように選んでいるか? これまでは『失敗したくない』という理由からか、無難なデザインのものがよく選ばれる傾向でした。ですが、近年は定められたルールのなかで、自己表現ができるものを選ぶ傾向にあります。例えば女性でしたら、スーツに合わせてメイクや髪型、インナーを変えることで自分の魅せ方、雰囲気の違いを打ち出すことができます。男性も今はメイクをする時代です。スーツの選び方は、よりボーダレスに、より多様化していくでしょう」。
Z世代に着目すると、現在はマスメディアによって広められる社会的ブーム「マス型」だけでなく、SNSでの「かわいい」「映える」といった使用価値から生まれる「消費者先行型」との相乗効果で流行を作っている。青山商事もスーツに合わせるインナーや小物などのコーディネートアイテムを多様化に向けて展開しており、「スーツ」というルールのなかで、自分流にどうアレンジして楽しむか意思決定するのが若年層の傾向と言える。
スーツは「マス型」の最たる例だ。しかし、今や「堅苦しい」だけでなく「没個性」といったイメージも消失傾向にあるのではないか。逆に「スーツ文化」のルールがあるからこそ、そこから自分をどう出すか、着る人の個性が問われる時代に入っているとも言える。既製であっても、実はそれぞれが違う個を発揮できる未来、ルール=制限のなかでいかに“遊べるか?”で価値観がはかられる時代が今、来ようとしている。
(文/衣輪晋一)
洋服の青山「PT-9」:https://www.y-aoyama.jp/campaign/pt9/(外部サイト)