この数年「耳の可処分時間」に大きな注目が集まっており、ラジオ/radiko、音楽配信、ポッドキャストやオーディオブックなど音声メディアサービスは大きな進化を遂げている。そのなかでもオーディオブックは、活字が苦手で読書を敬遠してきた人や、時間を有効に活用したい人のニーズに合致。また、社員教育や福利厚生向けに導入する企業も増加し、利用が急速に拡大している。加えて昨今では、“聴かせるエンタメ”としてコンテンツをリッチ化する動きも広がり、従来の書籍のカテゴリーを超えた取組みも増えており、大きな飛躍の時を迎えている。
■定額聴き放題プラン導入で利用者のすそ野拡大
耳で楽しむ読書「オーディオブック」。ナレーターや声優が本などを朗読した音声コンテンツを指す。デジタルサービスによる音声メディアの聴取環境が整い、コロナ禍のひとり時間の増加も追い風となり、利用者が急増している。国内オーディオブックのパイオニア・オトバンクは今年2月、同社が提供するオーディオブック配信サービス「audiobook.jp」(オーディオブックジェイピー)の利用者が300万人を突破したことを発表した。前身となる日本初のオーディオブック配信プラットフォーム「FeBe」(フィービー)を2007年に立ち上げ、ウェブサイト上で購入したコンテンツを、専用アプリもしくはウェブページ上で再生する形式でサービスを提供してきたが、2018年に大幅なリニューアルを実施。これが契機となって、利用者のすそ野が広がっていった。
「約10年かけて「FeBe」の会員数は30万人に達していましたが、誰もが知る一般的なサービスにするためには、もっと利便性を向上させる必要があると考え、リニューアルを行いました。その際に定額聴き放題(サブスク)プランを導入しました。当時、音楽のサブスクサービスもスタートしていましたが、オーディオブックのサブスクはイメージが湧かなかったのでしょう。「FeBe」のサービスを始めた頃と同様に、権利関係で苦戦しました。創業当時、本が売れなくなるのではないかという意見が出版業界には根強くあって、何度も調査してポジティブな結果が出ても、なかなかその懸念は払拭できなかったのです。でも、コツコツやっていくうちに徐々にコンテンツが増え、会員数も伸びていき、ある時から一気にラインナップ増につながりました。サブスクプラン導入時も、最初は同じような状況でした」
そう振り返るのは、オトバンク代表取締役社長・久保田裕也氏。だが、リニューアル効果は思いのほか早く表れた。1年ほどぐらい経った2019年あたりから、会員数が一気に伸び始めたのだ。ワイヤレスイヤホンの普及等でいつでもどこでも音声コンテンツを楽しめる状況になったことや、定額聴き放題プランの導入によって、気になった音声コンテンツを直ぐに試せるといった使いやすさが利用者に刺さったことが要因だった。さらに、コロナ禍における人々の購買行動の変容は、それまでオーディオブックというサービスに関心を持たなかった業界関係者の意識にも変化をもたらしていった。
「4、5年前までは、自ら調べて会員になったという人が多かったのですが、最近は、偶然サービスを認知して会員になった人も増えていて、徐々にオーディオブック配信サービスが一般化している実感があります。以前はビジネス系ジャンルが人気でしたが、今は文芸、語学、実用・資格など利用ジャンルも広がり、そのジャンルのコンテンツの充実によって、会員が増加するという好循環が生まれています」(久保田氏/以下同)
会員の様々な需要に応えるべく、コンテンツ制作の強化に努めているものの、なかなか供給が追いつかない、と嬉しい悲鳴を上げる久保田氏。だからと言って、量産体制を敷くつもりはなく、従来通りコンテンツ1つひとつに向き合い、丁寧に制作を続けるスタイルは変わらないという。
「1作品あたり製作期間に最短でも1ヶ月以上を要します。作品を作る際には、関係スタッフが原作を読み込み、最適な制作方針を検討します。1作品あたり聴き終えるまでに大体7〜8時間、短いものでも4〜5時間はかかります。面白く、そして全て聴いてもらうための工夫も重要なので、多様な視点と意見のバランスを取りながら本の魅力を立体化していきます。さらに、原作者さんや出版社さんともコミュニケーションを取り合って制作しますので、その過程でいろんな要望が出てくるわけです。それを実現していくと、どうしても、それくらいかかってしまいます」
昨今は、音楽同様にオーディオブック発のものが少しずつ増えてきているという。しかし、大半は紙の本が先に発表されており、本を読んだ時の感動や作品の世界観を、オーディオブックでも届けたい、というのが同社のこだわりだ。
「利用者の目線で考えた時に、サービスを利用するかどうかを決めるのは、最終的にはコンテンツの品質だと思っています。だからこそ妥協したくないのです」
■音声コンテンツ企画・制作を行う「スタジオ オトバンク」始動
そうやって、これまで数万点に及ぶ音声コンテンツを制作してきた同社の技術力と経験を見込んで、近年ではオーディオブック制作の枠に止まらない相談や依頼も数多く飛び込んでくるようになった。そこで、同社では今年7月に従来の音声コンテンツ制作の事業領域を拡大する方針を打ち出し、社内に「スタジオ オトバンク」を設立した。今後は、様々なクリエイターや企業との協業をいっそう推進し、新しい音声表現の開拓や、音声を活用した新たなエンターテインメント創出に挑戦していくという。
「これまで目的等に応じて、多様な音声コンテンツの企画から制作、配信まで、当社のリソースを活かして様々なリクエストに応えてきました。その過程で、次第に当社の事業内容も多様化していったのです。そういう意味では、音声コンテンツに付随するすべてを一貫して請け負えるのは当社の強みであると言えます。従来の枠にとらわれず、新たな音声表現の可能性を追求していきたいと考えています」
すでに、ラジオ番組をはじめ、ポッドキャスト、音声ドラマ、音声広告などの企画・制作の実績のある同社は、音声コンテンツの企画・プロデュースにも力を入れている。その1つが、今年7月からラジオ日本で放送が始まった『be master of radio』。aikoファンがaikoへの思いを発信するというユニークな番組だ。もちろん「audiobook.jp」をはじめ、各プラットフォームでも聴くことができる。
そのほかにも、「日本出版販売」および「ひらく」が運営する、東京・六本木にある入場料のある本屋「文喫」3店舗にて9月前半から順次開始している、人気お笑い芸人・かが屋 と MR(Mixed Reality/複合現実)技術を活用した店頭集客ソリューション「ボイスフレンド」による新企画『New Store Manager』では、使用される音声コンテンツのクリエイティブからキャスティング、ディレクションまでを手がけている。書店を舞台に、かが屋の2人が声の出演・脚本を担当して展開する新感覚の没入型コントで、今までになかった新たな音声コンテンツを創出している。
今年の12月で20周年を迎えるオトバンク。国内のオーディオブック市場を開拓し、「聴く文化」の醸成に努めてきた同社から、今後どのような新たな音声コンテンツが生まれるのか。大きな飛躍の時を迎えるオーディオブック市場への期待は高まるばかりだ。
文・葛城博子
■定額聴き放題プラン導入で利用者のすそ野拡大
耳で楽しむ読書「オーディオブック」。ナレーターや声優が本などを朗読した音声コンテンツを指す。デジタルサービスによる音声メディアの聴取環境が整い、コロナ禍のひとり時間の増加も追い風となり、利用者が急増している。国内オーディオブックのパイオニア・オトバンクは今年2月、同社が提供するオーディオブック配信サービス「audiobook.jp」(オーディオブックジェイピー)の利用者が300万人を突破したことを発表した。前身となる日本初のオーディオブック配信プラットフォーム「FeBe」(フィービー)を2007年に立ち上げ、ウェブサイト上で購入したコンテンツを、専用アプリもしくはウェブページ上で再生する形式でサービスを提供してきたが、2018年に大幅なリニューアルを実施。これが契機となって、利用者のすそ野が広がっていった。
「約10年かけて「FeBe」の会員数は30万人に達していましたが、誰もが知る一般的なサービスにするためには、もっと利便性を向上させる必要があると考え、リニューアルを行いました。その際に定額聴き放題(サブスク)プランを導入しました。当時、音楽のサブスクサービスもスタートしていましたが、オーディオブックのサブスクはイメージが湧かなかったのでしょう。「FeBe」のサービスを始めた頃と同様に、権利関係で苦戦しました。創業当時、本が売れなくなるのではないかという意見が出版業界には根強くあって、何度も調査してポジティブな結果が出ても、なかなかその懸念は払拭できなかったのです。でも、コツコツやっていくうちに徐々にコンテンツが増え、会員数も伸びていき、ある時から一気にラインナップ増につながりました。サブスクプラン導入時も、最初は同じような状況でした」
そう振り返るのは、オトバンク代表取締役社長・久保田裕也氏。だが、リニューアル効果は思いのほか早く表れた。1年ほどぐらい経った2019年あたりから、会員数が一気に伸び始めたのだ。ワイヤレスイヤホンの普及等でいつでもどこでも音声コンテンツを楽しめる状況になったことや、定額聴き放題プランの導入によって、気になった音声コンテンツを直ぐに試せるといった使いやすさが利用者に刺さったことが要因だった。さらに、コロナ禍における人々の購買行動の変容は、それまでオーディオブックというサービスに関心を持たなかった業界関係者の意識にも変化をもたらしていった。
「4、5年前までは、自ら調べて会員になったという人が多かったのですが、最近は、偶然サービスを認知して会員になった人も増えていて、徐々にオーディオブック配信サービスが一般化している実感があります。以前はビジネス系ジャンルが人気でしたが、今は文芸、語学、実用・資格など利用ジャンルも広がり、そのジャンルのコンテンツの充実によって、会員が増加するという好循環が生まれています」(久保田氏/以下同)
会員の様々な需要に応えるべく、コンテンツ制作の強化に努めているものの、なかなか供給が追いつかない、と嬉しい悲鳴を上げる久保田氏。だからと言って、量産体制を敷くつもりはなく、従来通りコンテンツ1つひとつに向き合い、丁寧に制作を続けるスタイルは変わらないという。
「1作品あたり製作期間に最短でも1ヶ月以上を要します。作品を作る際には、関係スタッフが原作を読み込み、最適な制作方針を検討します。1作品あたり聴き終えるまでに大体7〜8時間、短いものでも4〜5時間はかかります。面白く、そして全て聴いてもらうための工夫も重要なので、多様な視点と意見のバランスを取りながら本の魅力を立体化していきます。さらに、原作者さんや出版社さんともコミュニケーションを取り合って制作しますので、その過程でいろんな要望が出てくるわけです。それを実現していくと、どうしても、それくらいかかってしまいます」
昨今は、音楽同様にオーディオブック発のものが少しずつ増えてきているという。しかし、大半は紙の本が先に発表されており、本を読んだ時の感動や作品の世界観を、オーディオブックでも届けたい、というのが同社のこだわりだ。
「利用者の目線で考えた時に、サービスを利用するかどうかを決めるのは、最終的にはコンテンツの品質だと思っています。だからこそ妥協したくないのです」
■音声コンテンツ企画・制作を行う「スタジオ オトバンク」始動
そうやって、これまで数万点に及ぶ音声コンテンツを制作してきた同社の技術力と経験を見込んで、近年ではオーディオブック制作の枠に止まらない相談や依頼も数多く飛び込んでくるようになった。そこで、同社では今年7月に従来の音声コンテンツ制作の事業領域を拡大する方針を打ち出し、社内に「スタジオ オトバンク」を設立した。今後は、様々なクリエイターや企業との協業をいっそう推進し、新しい音声表現の開拓や、音声を活用した新たなエンターテインメント創出に挑戦していくという。
「これまで目的等に応じて、多様な音声コンテンツの企画から制作、配信まで、当社のリソースを活かして様々なリクエストに応えてきました。その過程で、次第に当社の事業内容も多様化していったのです。そういう意味では、音声コンテンツに付随するすべてを一貫して請け負えるのは当社の強みであると言えます。従来の枠にとらわれず、新たな音声表現の可能性を追求していきたいと考えています」
すでに、ラジオ番組をはじめ、ポッドキャスト、音声ドラマ、音声広告などの企画・制作の実績のある同社は、音声コンテンツの企画・プロデュースにも力を入れている。その1つが、今年7月からラジオ日本で放送が始まった『be master of radio』。aikoファンがaikoへの思いを発信するというユニークな番組だ。もちろん「audiobook.jp」をはじめ、各プラットフォームでも聴くことができる。
そのほかにも、「日本出版販売」および「ひらく」が運営する、東京・六本木にある入場料のある本屋「文喫」3店舗にて9月前半から順次開始している、人気お笑い芸人・かが屋 と MR(Mixed Reality/複合現実)技術を活用した店頭集客ソリューション「ボイスフレンド」による新企画『New Store Manager』では、使用される音声コンテンツのクリエイティブからキャスティング、ディレクションまでを手がけている。書店を舞台に、かが屋の2人が声の出演・脚本を担当して展開する新感覚の没入型コントで、今までになかった新たな音声コンテンツを創出している。
今年の12月で20周年を迎えるオトバンク。国内のオーディオブック市場を開拓し、「聴く文化」の醸成に努めてきた同社から、今後どのような新たな音声コンテンツが生まれるのか。大きな飛躍の時を迎えるオーディオブック市場への期待は高まるばかりだ。
文・葛城博子
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2024/09/24