働きながら老親の介護をする“ビジネスケアラー”が増えている。背景にあるのは、超高齢化社会と介護人材(介護施設)不足だ。厚生労働省によると2025年には介護職員が約32万人不足するとの予測があり、今後、さらなる“ビジネスケアラー”の増加が懸念されている。介護に伴う心身の負担は大きく、仕事との両立は容易ではない。行政や企業による両立支援の取り組みも始まったばかりだ。ビジネスケアラーを取り巻く現状と課題とは。当事者に話を聞いた。
■「たった1人の大切な母、一方で働くことも生きがい」 ビジネスケアラーの現実
首都圏に住む山野さん(仮名・52歳)は、4年前から84歳の実母を在宅介護している。「迷惑をかけたくないから施設に入る」と口にしていた母親の本音が「施設は絶対に嫌だ」と知っていた。勤務先はコロナ禍以降、リモートワーク制度を導入。業務もフルフレックスが許可されていたため、フルタイム・リモート勤務での介護を選んだ。
「母は現在、『要介護3』。自力で歩くことはほぼできません。ベッド、トイレとリビングの移動を車椅子で行っています。痴呆ではないものの、全てにおいて機能低下をしており、1人で何かの動作を完結することが難しくなっています。そのため、寝ている以外に食事やトイレ、お風呂に入る際には全て介助しています」
女性1人での介護は肉体的に負担が大きい。それでもデイサービスなどは使っていない。
「一度デイサービスを利用した際、まだ今よりしっかりしていた事もあり、とても嫌がり、それ以来利用ができません」
在宅勤務とは言え、デイサービスを利用せず、仕事と介護を行うのは簡単ではない。山野さんもこの4年、両立の難しさに直面し続けている。
「会社に柔軟な働き方をさせてもらい感謝している一方、時には責任重大で辛い業務もあり投げ出したくなる時もあります。会議がたて続きに入り仕事部屋に籠る事もあります。そのような忙しい時に限って、『トイレに連れて行って欲しい』『このご飯は美味しくないから食べたくない』とワガママを言われると、上手く回らないことに苛立ち、母にきつい事を言って、自暴自棄になることはしょっちゅうです」
今でも忘れられない出来事があるという。その日、仕事に追われていた山野さんは、食事の補助をした後、一刻も早く仕事に戻りたかった。
「なかなか動かない母を無理やり動かそうとして、床に倒してしまい、持ち上げることができなくて、大泣きしました。ストレスが溜まっていたのと、大事な母を倒してしまった事もショックでどうにもならなくなってしまったのだと思います。母が泣いている私を見て必死に起き上がろうとしていた姿を思い出す度、今でも申し訳なく感じています」
また、仕事と介護の両立の難しさだけでなく、日ごとに老いる母親を見るのは辛く、寄り添えていないと感じる瞬間も多いと明かす。そんな時は仕事を辞めて介護に専念するべきか、迷いも生じると言う。
「ただ、やはり現実的ではありません。私もこれからも収入を得て食べていかねばなりませんし、そもそも働く事はいきがいだからです」
ビジネスケアラーの多くは、現役世代のビジネスパーソンだ。昨今の未婚率・離婚率の上昇から、頼るべきパートナーがいない独身者も少なくない。いつ終わるとも分からない『介護』を理由にキャリアを断絶することは、経済的な不安につながるだけでなく、生き方そのものを見失うリスクもある。山野さんも簡単に離職は選べないと話す。
■心身ともに負担となっていた老いた母を乗せた車椅子での通院、オンライン診療が救いに
山野さんの1日は母親を起こしてトイレに連れていくことから始まる。
「トイレでおしめを取り替えて、歯を磨かせたら、朝食を食べさせます。その後はリモート勤務を開始し、業務の隙間に掃除や洗濯も行います。昼休みに自分の食事を済ませたら、母を15分間の散歩(車椅子で)に連れ出します。これはお医者様に『少しでも良いから太陽を浴びるように』とご助言頂いたことと、1日家に居て退屈している母の気分転換を兼ねてです。母もこの時間を楽しみにしており、雨の日以外は続けています」
夕方、業務が終わったら夕飯の支度をし、週3回のペースで風呂に入れ、寝かしつける。夜、母親が寝付いた後のわずかな時間が自分時間だ。近所に買い物に行き、YouTubeを観賞する。この束の間の息抜きの他にも、仕事と介護で疲弊しない工夫を続ける。
「出社日や週末に出かける用事がある時は、兄弟に介護を交代してもらっています。また、ケアマネジャーに相談して、週1回、介護士さんや看護師さんに対応してもらうことで仕事に集中できる機会も設けています。できるだけ1人で“抱え込まない”を意識しています」
中でも、最近始めたオンライン診療は、驚くほど介護負担の軽減につながっていると話す。山野さんの母親には10年以上世話になっている主治医がいる。電車で通う距離にあり、これまでは週末を利用するか、会社を休んで通っていた。今では通院せずに受診できている。
「オンライン診療で通院時間がかからなくなったことも嬉しいのですが、私にはそれ以上のメリットがありました。車椅子で母を病院まで連れて行くのには、公共機関(電車)を利用しますが、車椅子の移動はとてもプレッシャーとなります。他の乗客に迷惑にならないよう『急いで車椅子を動かさないと』と焦りますし、タクシー利用時も女1人の力で母を支えながら移乗するのはとても大変で…。そのプレッシャーがないのは大変助かっています」
車椅子介助を安全に行うには技術がいる。介護士であっても気を抜けない場面だろう。そんな山野さんの状況を知った主治医が、オンライン診療での受診を提案した。これまでオンライン診療と言えば、通院時間の確保が難しい忙しいビジネスパーソンや通院弱者・交通弱者の課題を解決するための手段として注目されてきた。年々、普及率は上昇しているものの、一部の利用者に限定されているイメージもあったが、ビジネスケアラーの負担軽減につながるという、新たな利用価値が見えてきた。
実際、オンライン診療・服薬指導サービス『curon(クロン)』を提供するMICIN(マイシン)が、働きながら介護を行う500人に調査を行ったところ、66.6%が「介護にオンライン診療を活用したい」(とても利用したい/やや利用したい)と回答している。
■「介護休暇制度はあっても“できるだけ利用したくない、利用できない”が現実」
企業の両立支援、オンライン診療のサポートを「ありがたい」と話す山野さん。一方で、ビジネスケアラーを取り巻く環境は、「まだまだ厳しい」と話す。
「企業で介護休暇制度など環境が整備されつつあるとは言っても、実際に『母の介護のため』という理由で休んだり、時短にしたりすることはまだまだ憚れると思っています。一方で、子育て支援はとても充実しており、同僚でも子の世話による、時短や休暇、子育て中の自身の体調不良による休みとその制度をフルに活用されています。これは当然の権利ですが、その負担は同じ職場の人が背負うのは事実です。正直に言うと、羨ましくもあります」
子育て支援への周囲の理解は、終わりがあるからではないか、と見ている。
「子育てが終われば、通常勤務に戻り活躍してくれると会社も同僚も期待していると思います。ですが、介護には具体的な終わりが見えません。終わりが見えない介護支援の利用を職場の人はどのように受け止めるのか…。制度はあっても、できるだけ利用したくはない、できないというのが現実だと思います」
自身の体験談によって、少しでも介護問題が広まり「皆で考える機会となれば…」とインタビューに応じた理由を明かす山野さん。
「仲の良い10歳近い年下の友人は『親の介護なんて絶対したくない』と言うのですが、自分も10年前は同じように思っていたなと思います。気づいたら親が自立して生活することができなくなってきて介護することになっていたと言うのが実情で、始めは戸惑い不安だらけでした。「ビジネスケアラー」というワードが浸透することで、誰かに助けを求めたりしやすくなる世界になれば良いなと心から思います。大勢の方が問題としているのであれば、オンライン診療ができやすくなる事業が浸透し、介護用ロボットとかの便利ツールが増えていくのではと思いますし、負担軽減ができるインフラがますます整えば、少しは明るい老後が見えてくるのかなと思っています」
■「たった1人の大切な母、一方で働くことも生きがい」 ビジネスケアラーの現実
首都圏に住む山野さん(仮名・52歳)は、4年前から84歳の実母を在宅介護している。「迷惑をかけたくないから施設に入る」と口にしていた母親の本音が「施設は絶対に嫌だ」と知っていた。勤務先はコロナ禍以降、リモートワーク制度を導入。業務もフルフレックスが許可されていたため、フルタイム・リモート勤務での介護を選んだ。
「母は現在、『要介護3』。自力で歩くことはほぼできません。ベッド、トイレとリビングの移動を車椅子で行っています。痴呆ではないものの、全てにおいて機能低下をしており、1人で何かの動作を完結することが難しくなっています。そのため、寝ている以外に食事やトイレ、お風呂に入る際には全て介助しています」
女性1人での介護は肉体的に負担が大きい。それでもデイサービスなどは使っていない。
「一度デイサービスを利用した際、まだ今よりしっかりしていた事もあり、とても嫌がり、それ以来利用ができません」
在宅勤務とは言え、デイサービスを利用せず、仕事と介護を行うのは簡単ではない。山野さんもこの4年、両立の難しさに直面し続けている。
「会社に柔軟な働き方をさせてもらい感謝している一方、時には責任重大で辛い業務もあり投げ出したくなる時もあります。会議がたて続きに入り仕事部屋に籠る事もあります。そのような忙しい時に限って、『トイレに連れて行って欲しい』『このご飯は美味しくないから食べたくない』とワガママを言われると、上手く回らないことに苛立ち、母にきつい事を言って、自暴自棄になることはしょっちゅうです」
今でも忘れられない出来事があるという。その日、仕事に追われていた山野さんは、食事の補助をした後、一刻も早く仕事に戻りたかった。
「なかなか動かない母を無理やり動かそうとして、床に倒してしまい、持ち上げることができなくて、大泣きしました。ストレスが溜まっていたのと、大事な母を倒してしまった事もショックでどうにもならなくなってしまったのだと思います。母が泣いている私を見て必死に起き上がろうとしていた姿を思い出す度、今でも申し訳なく感じています」
また、仕事と介護の両立の難しさだけでなく、日ごとに老いる母親を見るのは辛く、寄り添えていないと感じる瞬間も多いと明かす。そんな時は仕事を辞めて介護に専念するべきか、迷いも生じると言う。
「ただ、やはり現実的ではありません。私もこれからも収入を得て食べていかねばなりませんし、そもそも働く事はいきがいだからです」
ビジネスケアラーの多くは、現役世代のビジネスパーソンだ。昨今の未婚率・離婚率の上昇から、頼るべきパートナーがいない独身者も少なくない。いつ終わるとも分からない『介護』を理由にキャリアを断絶することは、経済的な不安につながるだけでなく、生き方そのものを見失うリスクもある。山野さんも簡単に離職は選べないと話す。
■心身ともに負担となっていた老いた母を乗せた車椅子での通院、オンライン診療が救いに
山野さんの1日は母親を起こしてトイレに連れていくことから始まる。
「トイレでおしめを取り替えて、歯を磨かせたら、朝食を食べさせます。その後はリモート勤務を開始し、業務の隙間に掃除や洗濯も行います。昼休みに自分の食事を済ませたら、母を15分間の散歩(車椅子で)に連れ出します。これはお医者様に『少しでも良いから太陽を浴びるように』とご助言頂いたことと、1日家に居て退屈している母の気分転換を兼ねてです。母もこの時間を楽しみにしており、雨の日以外は続けています」
夕方、業務が終わったら夕飯の支度をし、週3回のペースで風呂に入れ、寝かしつける。夜、母親が寝付いた後のわずかな時間が自分時間だ。近所に買い物に行き、YouTubeを観賞する。この束の間の息抜きの他にも、仕事と介護で疲弊しない工夫を続ける。
「出社日や週末に出かける用事がある時は、兄弟に介護を交代してもらっています。また、ケアマネジャーに相談して、週1回、介護士さんや看護師さんに対応してもらうことで仕事に集中できる機会も設けています。できるだけ1人で“抱え込まない”を意識しています」
中でも、最近始めたオンライン診療は、驚くほど介護負担の軽減につながっていると話す。山野さんの母親には10年以上世話になっている主治医がいる。電車で通う距離にあり、これまでは週末を利用するか、会社を休んで通っていた。今では通院せずに受診できている。
「オンライン診療で通院時間がかからなくなったことも嬉しいのですが、私にはそれ以上のメリットがありました。車椅子で母を病院まで連れて行くのには、公共機関(電車)を利用しますが、車椅子の移動はとてもプレッシャーとなります。他の乗客に迷惑にならないよう『急いで車椅子を動かさないと』と焦りますし、タクシー利用時も女1人の力で母を支えながら移乗するのはとても大変で…。そのプレッシャーがないのは大変助かっています」
車椅子介助を安全に行うには技術がいる。介護士であっても気を抜けない場面だろう。そんな山野さんの状況を知った主治医が、オンライン診療での受診を提案した。これまでオンライン診療と言えば、通院時間の確保が難しい忙しいビジネスパーソンや通院弱者・交通弱者の課題を解決するための手段として注目されてきた。年々、普及率は上昇しているものの、一部の利用者に限定されているイメージもあったが、ビジネスケアラーの負担軽減につながるという、新たな利用価値が見えてきた。
実際、オンライン診療・服薬指導サービス『curon(クロン)』を提供するMICIN(マイシン)が、働きながら介護を行う500人に調査を行ったところ、66.6%が「介護にオンライン診療を活用したい」(とても利用したい/やや利用したい)と回答している。
■「介護休暇制度はあっても“できるだけ利用したくない、利用できない”が現実」
企業の両立支援、オンライン診療のサポートを「ありがたい」と話す山野さん。一方で、ビジネスケアラーを取り巻く環境は、「まだまだ厳しい」と話す。
「企業で介護休暇制度など環境が整備されつつあるとは言っても、実際に『母の介護のため』という理由で休んだり、時短にしたりすることはまだまだ憚れると思っています。一方で、子育て支援はとても充実しており、同僚でも子の世話による、時短や休暇、子育て中の自身の体調不良による休みとその制度をフルに活用されています。これは当然の権利ですが、その負担は同じ職場の人が背負うのは事実です。正直に言うと、羨ましくもあります」
子育て支援への周囲の理解は、終わりがあるからではないか、と見ている。
「子育てが終われば、通常勤務に戻り活躍してくれると会社も同僚も期待していると思います。ですが、介護には具体的な終わりが見えません。終わりが見えない介護支援の利用を職場の人はどのように受け止めるのか…。制度はあっても、できるだけ利用したくはない、できないというのが現実だと思います」
自身の体験談によって、少しでも介護問題が広まり「皆で考える機会となれば…」とインタビューに応じた理由を明かす山野さん。
「仲の良い10歳近い年下の友人は『親の介護なんて絶対したくない』と言うのですが、自分も10年前は同じように思っていたなと思います。気づいたら親が自立して生活することができなくなってきて介護することになっていたと言うのが実情で、始めは戸惑い不安だらけでした。「ビジネスケアラー」というワードが浸透することで、誰かに助けを求めたりしやすくなる世界になれば良いなと心から思います。大勢の方が問題としているのであれば、オンライン診療ができやすくなる事業が浸透し、介護用ロボットとかの便利ツールが増えていくのではと思いますし、負担軽減ができるインフラがますます整えば、少しは明るい老後が見えてくるのかなと思っています」
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2024/07/29