「『ナラティブ』は、語り手となる話者自身が紡ぐ物語。変化し続ける物語には完結はありません。ほーぅ、人生はナラティブなんだわ。一人一人が紡ぐ壮大な未完結の物語」。小泉今日子(58)は、自身の書籍『ホントのコイズミさん NARRATIVE(ナラティブ)』(303BOOKS)の中で、このように記している。1982年に芸能界デビューしてから、今年で42年。小泉が紡いできた“物語”の一端に触れたくなり、訪ねてみた。
■言葉を知ることで人生が豊かに 宮藤官九郎氏との対談の裏に“できすぎた秘話”
同書は、小泉が毎回、本や本に関わる人たちと語らいながら、新たな世界への扉をひらくヒントを見つけていく、Spotifyオリジナルポッドキャスト『ホントのコイズミさん』の書籍シリーズ第3弾。タイトルに「ナラティブ」というワードを採用した理由を聞いてみると、やわらかな語り口の中にハッとさせるような言葉が飛んできた。
「ナラティブという言葉を知ると、同じく『物語』という意味の『ストーリー』という言葉とは、もうちょっと違うニュアンスが生まれる。人生って、まさにナラティブで、未完結で、筆者の目線で見えているものっていう気がしたんですよね。この本によって『ナラティブ』という言葉を知ることで、この言葉が必ず耳に聞こえてくるし、読める、見えるようにもなりますよね。そうすると、いつもふと自分の人生を考えられたりするような時間が、数秒生まれたりするといいなと。言葉をひとつ知ることによって、自分のことを考える時間が増えるんじゃないかと思って、タイトルにしました」
ゲストには、脚本家の宮藤官九郎氏、奇奇怪怪や脳盗などの大人気番組を持つDos MonosのTaiTan氏・MONO NO AWAREの玉置周啓氏、高円寺の書店「蟹ブックス」の名物店長・花田菜々子氏、そして哲学者の永井玲衣氏と多彩な顔ぶれが並ぶ。宮藤氏との対談パートでは、2055年には小泉が90歳、宮藤氏が85歳になっているという話題から、宮藤氏が「(小泉が)赤木春恵のようになっているころだと思います」と呼びかけ、小泉が「プロデューサーの磯山(晶)さんが(石井)ふく子のようになっているってことですね」と応じる一幕がある。この日のインタビューで「絶妙なチョイスで思わず笑ってしまいました」と伝えると、小泉が「実は…」とできすぎたような“裏話”を打ち明けた。
「私がまだ20代の真ん中くらいの時だったかな、磯山さんは助監督をやっていて。その時に、たまたま一緒にテレビを見ていたら、あるアイドルの方がちょっと恋愛報道みたいなのがあって、海外から帰ってくるという映像が流れていたんです。たまたま『渡鬼』の女優さんたちと同じ飛行機に乗っていらっしゃったようで、その方が出てきて、報道陣に囲まれるところを『渡鬼』のお姉さま方がブロックされていて(笑)。その光景がステキで、私が磯山さんに『じゃあ、私いつか赤木春恵になるから、あなたは石井ふく子になって!』と話していたんです(笑)。そのエピソードを宮藤さんは知らないのに、同じ流れになったのがすごく面白かったです(笑)。同じように考える人たちが集まってくるんだなって」
■ドラマ『不適切にもほどがある!』に“感謝” 足りない経験を埋めてくれたのは“本”だった
宮藤氏が手がけるTBS系金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』では、自身のポスターが採用されている。「『ポスターを使いたい』というご連絡を、だいぶ前にいただきました。内容をそこまでは確認せずに、信頼している宮藤さんと磯山さんだったら…どうぞどうぞみたいに言っていたら、あんなふうに未来と過去をつなぐ重要な役割で使ってくださっていて(笑)。私はただ、なんか80年代の誰かの部屋に好きに貼ってあるポスターぐらいの感じで捉えていたら、ドラマ始まってみたら、すごく重要なところで使ってくれてるって、うれしかったです。もちろん、楽しく見ております!」。
信頼できる宮藤氏との対談では、小泉が自身のキャリアで、いわゆる「下積み」というようなものがなかったことから“逆行”するように、キャリアを重ねてからさまざまなことに挑戦していると打ち明けていた。その真意を改めて探ってみた。「そうですね…。どこにいっても、なんかお客さんみたいな感覚で捉えられて『でも、アイドルだもんね』っていう感じがあったんです。ミュージシャンの中に入っても、ミュージシャンじゃないし、劇団系の舞台の役者さんたちとお仕事しても、その経験してないし…みたいな感じで。自分はなじんでるつもりなんだけど、やっぱ何かが違うんだろうなぁみたいな感じがあったんです」。ふっと笑顔をこちらに向けて、言葉を紡いでいった。
「アルバイトの経験もなく、社会に出て、いきなり歌を歌うことからだったので、なんかちょっとずつ、そこを埋めようという感覚がありました。舞台の俳優さんたちと仕事している時に『じゃあ飲み行くぞー』ってなって、チェーン系の居酒屋さんに行こうとしても『でも、キョンキョンいるから、まずいんじゃない?』みたいな雰囲気になったのですが、私は『いや全然行きますから!白木屋いいですよね!グレープフルーツサワーおいしいですよね』みたいな感じで(笑)、なんかそんな時代を経ての今があります」
政治家の小川淳也氏から「小泉さんはなぜその世界にいて… 正気を保っていられるんですか?」と向けられたことがあるという小泉だが、自分に足りないものを埋めてくれる存在のひとつが「本」だった。「自分が足りてない経験などを教えてもらいました。小さい頃には『こんな想像していて、自分がちょっとおかしいのかな』と感じることがあったのですが、本に同じようなことが書かれていると『あっほかにもいるんだ!』って、うれしくなって。そうしたら、もうその本は友達になりますもんね。私にとって大島弓子さんの漫画もそうでしたし、星新一さんの小説にもそういうことを感じて。空想や想像することって、学校とかに行っている時間には、あんまり必要ないことだと思いがちだけど、空想してもいいんだって思えたこと、それを子供の頃に本によって思えたのは幸せなことです」。
■女性が「突きつけられる」もの 「今思えば…」はあとから言ってもいい「その時は言えなかったりする」
花田氏との対談の中では、女性がある年齢になると「結婚」「出産」などといったものを迫られるとのトークも行っていた。小泉は、そのパートを振り返りながら「女性って、すごくいろんなことを迫られるんですよね」と切り出した。
「思春期とかに、例えば初潮が来るとか、明らかに違うことが起こるみたいな。それをすごく恥ずかしく思ったりとか、なんか嫌な気分になる子も、絶対いたりすると思うんです。そこから、ある年齢になると『結婚して、子供そろそろ産まないと産めなくなるよ』みたいなことも言われて。そうして、最後に閉経というのが来て…というように、すごく体に変化が起こるんです、女性という生き物は。その度に、すごく何かを突きつけられる、焦らされるみたいな時間を多分全員が感じると思うんですよね。男性にもあるのかもしれないけど『そりゃ、男の人よりちょっと早く大人になるわな』って思ったり…します(笑)」
そんな花田氏との対談では「自分がもし10代に戻ったらみたいなということを考えることもあるんです」と語っていた小泉に、今10代に戻るとしたら何をするか尋ねてみた。「大人になった時に、もっと早く戦えるよう、もうちょっと一生懸命勉強したいです。もっと早くに、もっと勉強していたら、もっと早くにかなえられることがあったかもって思ったりします。例えば、ダンスとか語学とか、ちゃんとお勉強が楽しいって思える子になりたいです(笑)」。勉強を楽しいと思えなかった理由について、慎重ながらもたしかな口調で自身の過去を振り返った。
「当時、英会話の教室に一度行ったことがあったのですが、今思えばセクハラみたいなのに遭って、もう行きたくないってなったんです。当時は『セクハラ』という言葉も今ほど広まっていなかったので、会社の人とかに理由をうまく言えなくて。『授業料高かったんだぞ』って言われて『すいません』だけで、説明できずに終わってしまいました。その経験を経て感じることは『今思えば、あれってそうだったよな』って思うことはいっぱいあって。その時は『怖い』とか『気持ち悪いから、もう行きたくない』しか言えなかったり、そういうふうに終わっちゃってることがけっこうあると思うので、そういう経験を後になってから言い出せる人もいっぱいいるんじゃないかな」。冒頭に小泉が発した「言葉を知ることで、自分のことを考える時間が増える」という言葉が、より重く返ってきた感覚になった。
■ひとりではたどり着けないところへと導いてくれる“対話” 芸能界の変化に希望を感じる
そんな、まだうまく言葉にできないけど心に抱えているものを表現するためには、どうするべきか。書籍の中では、永井氏による、参加者の問いをきっかけに「これってどういうことなんだろう」ということを掘り下げていく取り組み「哲学対話」が紹介されている。小泉自身も、人と話すことで「自分だけが一人で考えているところ時とは、全然違うところにたどり着かせてくれる」経験があった。「10代、20代の時から大人の人に囲まれた環境でした。その中でも、すごく気が合うなと思える大人の方がいて。その方は、ご夫婦で、よくご自宅で夜遅くまで、暖炉の前に3人で火を見ながら、私のことを子供扱いしないでいろんな話をしてくれていたんです。そういう中で、自分の考えも広くなっていきました」。
最後に、42年間駆け抜けてきた芸能の世界の変化について質問を投げかけてみた。「私は長い間大きな事務所にいたんですけど、どこかに属している時には、そこにはちゃんとルールがあって、そのルールの中でかいくぐって、面白いことを見つけるみたいな、そんなことをずっとやってきた気がするんです。それはそれで楽しかったと思う。だけど、50手前、40代でそのルールをかいくぐるより、もうちょっと先に行きたいなって。でも、今やらないともう死んじゃう年齢的にと思って、独立しました。独立してよかったなってすごく思うのは、やっぱり前よりずっと個と個で、誰とでも話ができることです。私たちのような、芸能の世界で、出る側の人間は、個を表現する場所というのが、あまり求められなくて。マネージメントみたいな人が間に入っちゃうから、そこの成長が遅れちゃうみたいなところがきっとあったりする気がします」。
その上で「それはなぜかといえば、やっぱり構造がおかしいんだと思うんです。海外などでは、アーティストがエージェントを選んで、アーティストの方がパーセンテージを渡す…みたいなことが、もうすでに行われていたりとかする。だけど、日本は事務所に所属して、事務所がオーナーで、契約しているアーティストがいるっていう状態だから、事務所が権力になっちゃった」と指摘する。そして、自身の経験も引き合いに、やさしさと強さが伴った言葉が返ってきた。
「アーティストだけじゃなくて、テレビ局とかマスコミの人に対しても、事務所が権力になっていっちゃったっていうのを、なんとなく私は見て育った感じはあるんです。だから、できるだけ自分は直接いろんな人と話をしようって思いながら、所属していた感じはあります。それで、いろんなことが難しくなっちゃって。だけどそれって、本当はそうあるべきじゃないから、どっかで崩れちゃうんだろうなって、ゆらゆらしてたんだろうなっていうのが今…という感じですかね。それが、ちょっとほころび始めてるみたいに感じます。何かが変化するときって、絶対に痛みを伴うと思うけど、この痛みは希望だとみんなが思えば、きっともっとよく変われるんだろうなっていう感じがします」。小泉今日子は、きょうもあしたもあさっても「希望」を持ち、自身の“物語”を紡いでいく。
【小泉今日子】
神奈川県生まれ。1982年『私の16才』で芸能界デビュー。以降、歌手・俳優として、舞台や映画・テレビなど幅広く活躍。2015年より代表を務める「株式会社明後日」では、プロデューサーとして舞台制作も手掛ける。文筆家としても定評があり、著書に『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチ・パブリッシング/第33回講談社エッセイ賞)、『小泉今日子書評集』(中央公論新社)など多数。
★YouTube公式チャンネル「ORICON NEWS」
■言葉を知ることで人生が豊かに 宮藤官九郎氏との対談の裏に“できすぎた秘話”
同書は、小泉が毎回、本や本に関わる人たちと語らいながら、新たな世界への扉をひらくヒントを見つけていく、Spotifyオリジナルポッドキャスト『ホントのコイズミさん』の書籍シリーズ第3弾。タイトルに「ナラティブ」というワードを採用した理由を聞いてみると、やわらかな語り口の中にハッとさせるような言葉が飛んできた。
「ナラティブという言葉を知ると、同じく『物語』という意味の『ストーリー』という言葉とは、もうちょっと違うニュアンスが生まれる。人生って、まさにナラティブで、未完結で、筆者の目線で見えているものっていう気がしたんですよね。この本によって『ナラティブ』という言葉を知ることで、この言葉が必ず耳に聞こえてくるし、読める、見えるようにもなりますよね。そうすると、いつもふと自分の人生を考えられたりするような時間が、数秒生まれたりするといいなと。言葉をひとつ知ることによって、自分のことを考える時間が増えるんじゃないかと思って、タイトルにしました」
ゲストには、脚本家の宮藤官九郎氏、奇奇怪怪や脳盗などの大人気番組を持つDos MonosのTaiTan氏・MONO NO AWAREの玉置周啓氏、高円寺の書店「蟹ブックス」の名物店長・花田菜々子氏、そして哲学者の永井玲衣氏と多彩な顔ぶれが並ぶ。宮藤氏との対談パートでは、2055年には小泉が90歳、宮藤氏が85歳になっているという話題から、宮藤氏が「(小泉が)赤木春恵のようになっているころだと思います」と呼びかけ、小泉が「プロデューサーの磯山(晶)さんが(石井)ふく子のようになっているってことですね」と応じる一幕がある。この日のインタビューで「絶妙なチョイスで思わず笑ってしまいました」と伝えると、小泉が「実は…」とできすぎたような“裏話”を打ち明けた。
「私がまだ20代の真ん中くらいの時だったかな、磯山さんは助監督をやっていて。その時に、たまたま一緒にテレビを見ていたら、あるアイドルの方がちょっと恋愛報道みたいなのがあって、海外から帰ってくるという映像が流れていたんです。たまたま『渡鬼』の女優さんたちと同じ飛行機に乗っていらっしゃったようで、その方が出てきて、報道陣に囲まれるところを『渡鬼』のお姉さま方がブロックされていて(笑)。その光景がステキで、私が磯山さんに『じゃあ、私いつか赤木春恵になるから、あなたは石井ふく子になって!』と話していたんです(笑)。そのエピソードを宮藤さんは知らないのに、同じ流れになったのがすごく面白かったです(笑)。同じように考える人たちが集まってくるんだなって」
■ドラマ『不適切にもほどがある!』に“感謝” 足りない経験を埋めてくれたのは“本”だった
宮藤氏が手がけるTBS系金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』では、自身のポスターが採用されている。「『ポスターを使いたい』というご連絡を、だいぶ前にいただきました。内容をそこまでは確認せずに、信頼している宮藤さんと磯山さんだったら…どうぞどうぞみたいに言っていたら、あんなふうに未来と過去をつなぐ重要な役割で使ってくださっていて(笑)。私はただ、なんか80年代の誰かの部屋に好きに貼ってあるポスターぐらいの感じで捉えていたら、ドラマ始まってみたら、すごく重要なところで使ってくれてるって、うれしかったです。もちろん、楽しく見ております!」。
信頼できる宮藤氏との対談では、小泉が自身のキャリアで、いわゆる「下積み」というようなものがなかったことから“逆行”するように、キャリアを重ねてからさまざまなことに挑戦していると打ち明けていた。その真意を改めて探ってみた。「そうですね…。どこにいっても、なんかお客さんみたいな感覚で捉えられて『でも、アイドルだもんね』っていう感じがあったんです。ミュージシャンの中に入っても、ミュージシャンじゃないし、劇団系の舞台の役者さんたちとお仕事しても、その経験してないし…みたいな感じで。自分はなじんでるつもりなんだけど、やっぱ何かが違うんだろうなぁみたいな感じがあったんです」。ふっと笑顔をこちらに向けて、言葉を紡いでいった。
「アルバイトの経験もなく、社会に出て、いきなり歌を歌うことからだったので、なんかちょっとずつ、そこを埋めようという感覚がありました。舞台の俳優さんたちと仕事している時に『じゃあ飲み行くぞー』ってなって、チェーン系の居酒屋さんに行こうとしても『でも、キョンキョンいるから、まずいんじゃない?』みたいな雰囲気になったのですが、私は『いや全然行きますから!白木屋いいですよね!グレープフルーツサワーおいしいですよね』みたいな感じで(笑)、なんかそんな時代を経ての今があります」
政治家の小川淳也氏から「小泉さんはなぜその世界にいて… 正気を保っていられるんですか?」と向けられたことがあるという小泉だが、自分に足りないものを埋めてくれる存在のひとつが「本」だった。「自分が足りてない経験などを教えてもらいました。小さい頃には『こんな想像していて、自分がちょっとおかしいのかな』と感じることがあったのですが、本に同じようなことが書かれていると『あっほかにもいるんだ!』って、うれしくなって。そうしたら、もうその本は友達になりますもんね。私にとって大島弓子さんの漫画もそうでしたし、星新一さんの小説にもそういうことを感じて。空想や想像することって、学校とかに行っている時間には、あんまり必要ないことだと思いがちだけど、空想してもいいんだって思えたこと、それを子供の頃に本によって思えたのは幸せなことです」。
■女性が「突きつけられる」もの 「今思えば…」はあとから言ってもいい「その時は言えなかったりする」
花田氏との対談の中では、女性がある年齢になると「結婚」「出産」などといったものを迫られるとのトークも行っていた。小泉は、そのパートを振り返りながら「女性って、すごくいろんなことを迫られるんですよね」と切り出した。
「思春期とかに、例えば初潮が来るとか、明らかに違うことが起こるみたいな。それをすごく恥ずかしく思ったりとか、なんか嫌な気分になる子も、絶対いたりすると思うんです。そこから、ある年齢になると『結婚して、子供そろそろ産まないと産めなくなるよ』みたいなことも言われて。そうして、最後に閉経というのが来て…というように、すごく体に変化が起こるんです、女性という生き物は。その度に、すごく何かを突きつけられる、焦らされるみたいな時間を多分全員が感じると思うんですよね。男性にもあるのかもしれないけど『そりゃ、男の人よりちょっと早く大人になるわな』って思ったり…します(笑)」
そんな花田氏との対談では「自分がもし10代に戻ったらみたいなということを考えることもあるんです」と語っていた小泉に、今10代に戻るとしたら何をするか尋ねてみた。「大人になった時に、もっと早く戦えるよう、もうちょっと一生懸命勉強したいです。もっと早くに、もっと勉強していたら、もっと早くにかなえられることがあったかもって思ったりします。例えば、ダンスとか語学とか、ちゃんとお勉強が楽しいって思える子になりたいです(笑)」。勉強を楽しいと思えなかった理由について、慎重ながらもたしかな口調で自身の過去を振り返った。
「当時、英会話の教室に一度行ったことがあったのですが、今思えばセクハラみたいなのに遭って、もう行きたくないってなったんです。当時は『セクハラ』という言葉も今ほど広まっていなかったので、会社の人とかに理由をうまく言えなくて。『授業料高かったんだぞ』って言われて『すいません』だけで、説明できずに終わってしまいました。その経験を経て感じることは『今思えば、あれってそうだったよな』って思うことはいっぱいあって。その時は『怖い』とか『気持ち悪いから、もう行きたくない』しか言えなかったり、そういうふうに終わっちゃってることがけっこうあると思うので、そういう経験を後になってから言い出せる人もいっぱいいるんじゃないかな」。冒頭に小泉が発した「言葉を知ることで、自分のことを考える時間が増える」という言葉が、より重く返ってきた感覚になった。
■ひとりではたどり着けないところへと導いてくれる“対話” 芸能界の変化に希望を感じる
そんな、まだうまく言葉にできないけど心に抱えているものを表現するためには、どうするべきか。書籍の中では、永井氏による、参加者の問いをきっかけに「これってどういうことなんだろう」ということを掘り下げていく取り組み「哲学対話」が紹介されている。小泉自身も、人と話すことで「自分だけが一人で考えているところ時とは、全然違うところにたどり着かせてくれる」経験があった。「10代、20代の時から大人の人に囲まれた環境でした。その中でも、すごく気が合うなと思える大人の方がいて。その方は、ご夫婦で、よくご自宅で夜遅くまで、暖炉の前に3人で火を見ながら、私のことを子供扱いしないでいろんな話をしてくれていたんです。そういう中で、自分の考えも広くなっていきました」。
最後に、42年間駆け抜けてきた芸能の世界の変化について質問を投げかけてみた。「私は長い間大きな事務所にいたんですけど、どこかに属している時には、そこにはちゃんとルールがあって、そのルールの中でかいくぐって、面白いことを見つけるみたいな、そんなことをずっとやってきた気がするんです。それはそれで楽しかったと思う。だけど、50手前、40代でそのルールをかいくぐるより、もうちょっと先に行きたいなって。でも、今やらないともう死んじゃう年齢的にと思って、独立しました。独立してよかったなってすごく思うのは、やっぱり前よりずっと個と個で、誰とでも話ができることです。私たちのような、芸能の世界で、出る側の人間は、個を表現する場所というのが、あまり求められなくて。マネージメントみたいな人が間に入っちゃうから、そこの成長が遅れちゃうみたいなところがきっとあったりする気がします」。
その上で「それはなぜかといえば、やっぱり構造がおかしいんだと思うんです。海外などでは、アーティストがエージェントを選んで、アーティストの方がパーセンテージを渡す…みたいなことが、もうすでに行われていたりとかする。だけど、日本は事務所に所属して、事務所がオーナーで、契約しているアーティストがいるっていう状態だから、事務所が権力になっちゃった」と指摘する。そして、自身の経験も引き合いに、やさしさと強さが伴った言葉が返ってきた。
「アーティストだけじゃなくて、テレビ局とかマスコミの人に対しても、事務所が権力になっていっちゃったっていうのを、なんとなく私は見て育った感じはあるんです。だから、できるだけ自分は直接いろんな人と話をしようって思いながら、所属していた感じはあります。それで、いろんなことが難しくなっちゃって。だけどそれって、本当はそうあるべきじゃないから、どっかで崩れちゃうんだろうなって、ゆらゆらしてたんだろうなっていうのが今…という感じですかね。それが、ちょっとほころび始めてるみたいに感じます。何かが変化するときって、絶対に痛みを伴うと思うけど、この痛みは希望だとみんなが思えば、きっともっとよく変われるんだろうなっていう感じがします」。小泉今日子は、きょうもあしたもあさっても「希望」を持ち、自身の“物語”を紡いでいく。
【小泉今日子】
神奈川県生まれ。1982年『私の16才』で芸能界デビュー。以降、歌手・俳優として、舞台や映画・テレビなど幅広く活躍。2015年より代表を務める「株式会社明後日」では、プロデューサーとして舞台制作も手掛ける。文筆家としても定評があり、著書に『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチ・パブリッシング/第33回講談社エッセイ賞)、『小泉今日子書評集』(中央公論新社)など多数。
★YouTube公式チャンネル「ORICON NEWS」
2024/03/10