多くの人が一度は耳にしたことがある「オンライン診療」。スマホやパソコンを介して自宅にいながら受診でき、診療後には薬が自宅まで配送される。忙しい現代人には願ってもない医療サービスだ。コロナ禍以降、導入する医療機関も増え、専用のアプリケーションも続々登場している。ところが、身近になったものの、まだまだ利用者は限定的で、サービス実態についても知らないことが多い。普及が緩やかな背景と「オンライン診療」の現在地を専門家に聞いた。
■規制緩和も「診療報酬」のハードルで普及“緩やか”
日本では1997年に条件つきで認可・スタートした「遠隔診療」。その後2018年に「オンライン診療」と名を変え、保険診療として正式に行えるようになった。しかし、実はこれまで利用するには様々な条件や制限があった。まず、利用は患者と医師の信頼関係が前提にある「再診」に限られた。さらに、診察できる疾患も限定され、いつでも誰でも利用できるものではなかった。
ところが2020年4月に新型コロナウイルス感染拡大を受け、特例措置として初めての疾患・医療機関での受診が可能に。その流れを受け、2022年4月大幅規制緩和が行われ、今では、ほぼすべての疾患で「初診」からオンライン診療が認められている(※)。
「昨年4月の規制緩和からの変化を見ると利用者数は増える基調にありますが、爆発的ではありません。感染症の増減のトレンドをなぞる感じで広がりをみせています」
そう話すのは、オンライン診療のシステム「クロン」を2016年から提供しているMICIN(マイシン)代表取締役CEO原聖吾さんだ。原さん自身は起業家であると同時に医師という視点で、現在のオンライン診療の利用状況を冷静に分析する。
オンライン診療は通院による感染リスクもなく安心して利用できる上、患者側は病院までの移動時間と交通費がかからない。初診でも利用可能になったことで、オンライン診療が急増するとも予想されたが、爆発的な伸びにはなっていないという。
「ひとつは、診療報酬の問題です。対面とオンラインでは診療報酬にまだ格差があり、医療機関経営の観点からすると、患者さんに病院に足を運んでもらう対面診療が望ましいとなります」
診療報酬とは医療機関が患者に医療サービスを提供した際に、公的な保険から受け取る報酬だ。診療行為ごとに点数が定められているが、オンライン診療は対面に比べ診療報酬の点数が低いうえ、導入するには人件費や通信システムの費用などのコストがかかるなど、医療機関側の負担が大きい。これでは積極的にオンライン診療の導入に踏み切れない。2022年4月の規制緩和で診療報酬の改定も行われ、徐々に対面診療との報酬格差が縮まりつつあるが、課題は残る。
■オンライン診療の利用者、約8割が「再診」「慢性疾患」 通院回数の多い人ほどメリット実感
2022年4月の規制緩和により、これまで診察できなかった「初診」や「急性疾患」も利用対象となったが、現時点での利用実態はこれまで通り「再診」「慢性疾患」が多いと原さん。
「当社のサービスを利用されている患者さんは、約8割が高血圧や糖尿病などの慢性疾患を抱えた方です。慢性疾患の方は定期的な通院が必要ですが、オンラインで通院にかかる時間や労力を軽減できるので、通院回数が多い人ほど利用メリットを感じられているのだと思います」
患者が時間や体力面の負担を減らせるのがオンライン診療の最大の魅力だろう。とはいえ、対面診療のように血液検査やレントゲンなど診療のための検査が出来ず、医療データも取りにくい点は現時点でのオンライン診療の弱点だ。そのため初診よりも定期的な診察が必要な慢性疾患の患者たちのニーズが高いのも頷ける。
一方で「初診や再診を問わず、必要な医療をいつでも提供できるように、より多くの医療機関にオンライン診療を導入してもらえるように働きかけています」と原さん。
利用する側の条件や制限の緩和だけではオンライン診療の普及は進まない。多くの患者にとって使いやすいサービスとなるためには、受診可能な医療機関が増えることだ。総務省の『令和3年 情報通信白書』によれば、これまでに全医療機関の約15%台にまで導入が広がっているが、前述したように医療機関側は「対面診療よりも低い診療報酬」というハードルを抱えている。
オンライン診療業界では、この現状を踏まえ、医療機関側の導入をいかに広げられるかが課題のひとつとなっている。
■「アプリが薬になる時代」オンライン診療の発展と未来の診療とは
オンライン診療は対面診療の代替ではない。対面診療よりも患者から得られる情報が少なくなるため医療品質が劣ると思われがちだが、オンライン診療は画期的な進歩を遂げつつあると原さんは語る。
「対面診療と比べて遜色ない医療の提供を目指すのではなく、デジタル技術の進歩によって、近い将来、対面以上のクオリティの高い診療を提供できるようになると思います。例えば、現在は診察室で聴診器を使ってアナログで呼吸音や心音を聞いていますが、その判断は受診時の音に限られますし、医師の聞こえる音域に依存します。当社では医療機器として承認を取得した、呼吸音を測定するアプリを使って、正確な呼吸音のデジタルデータを診断材料として提供できるようにしました。患者自身のスマホで呼吸音を取り、医師と共有できるものです」
不整脈や呼吸器などの病気を診る場合、これまで医師は受診時の患者の状態しか診ることができなかったが、デジタルで音を取ることで24時間365日の患者の状態が把握でき、さらに人間の耳では聞き取れなかった異常も発見できる可能性があるという。
実はこうしたデジタル技術を応用したアプリは既に日本で他社から製品化されている。例えば、ニコチン依存症を対象にした「治療用アプリ」と呼ばれるものが2020年に薬事承認を得て禁煙外来で処方されている。高血圧の治療補助アプリも登場している。いずれも認知行動療法を応用しアプリが常に生活習慣の改善を促して効果を得るものになっている。
アプリが薬と同じように処方される時代なのである。
「今、オンライン診療とともに、こうしたデジタル技術を医療に役立てる『デジタルセラピューティクス』の分野がますます注目されています。医療データの解析から精度の高い診断、治療につなげようというのが先進的な医療のひとつです」
現在、MICINではがん領域から、糖尿病や過敏性腸症候群といった患者数の多い病気まで治療用アプリの開発にも取り組んでいる。今後、デジタルセラピューティクスが切り拓く未来のオンライン診療は、どこにいても精度の高い診療がいつでも受けられるようになりそうだ。デジタル医療を活用することで慢性疾患が減って健康な人が増える、そんな明るい未来が、もうそこまで来ているのかもしれない。
(取材・文/福崎剛)
※かかりつけ医による初診からのオンライン診療ではない全くの新患の場合は、医師が情報通信機器を用いた初診が可能と判断した患者が対象となる
■規制緩和も「診療報酬」のハードルで普及“緩やか”
日本では1997年に条件つきで認可・スタートした「遠隔診療」。その後2018年に「オンライン診療」と名を変え、保険診療として正式に行えるようになった。しかし、実はこれまで利用するには様々な条件や制限があった。まず、利用は患者と医師の信頼関係が前提にある「再診」に限られた。さらに、診察できる疾患も限定され、いつでも誰でも利用できるものではなかった。
ところが2020年4月に新型コロナウイルス感染拡大を受け、特例措置として初めての疾患・医療機関での受診が可能に。その流れを受け、2022年4月大幅規制緩和が行われ、今では、ほぼすべての疾患で「初診」からオンライン診療が認められている(※)。
「昨年4月の規制緩和からの変化を見ると利用者数は増える基調にありますが、爆発的ではありません。感染症の増減のトレンドをなぞる感じで広がりをみせています」
そう話すのは、オンライン診療のシステム「クロン」を2016年から提供しているMICIN(マイシン)代表取締役CEO原聖吾さんだ。原さん自身は起業家であると同時に医師という視点で、現在のオンライン診療の利用状況を冷静に分析する。
オンライン診療は通院による感染リスクもなく安心して利用できる上、患者側は病院までの移動時間と交通費がかからない。初診でも利用可能になったことで、オンライン診療が急増するとも予想されたが、爆発的な伸びにはなっていないという。
「ひとつは、診療報酬の問題です。対面とオンラインでは診療報酬にまだ格差があり、医療機関経営の観点からすると、患者さんに病院に足を運んでもらう対面診療が望ましいとなります」
診療報酬とは医療機関が患者に医療サービスを提供した際に、公的な保険から受け取る報酬だ。診療行為ごとに点数が定められているが、オンライン診療は対面に比べ診療報酬の点数が低いうえ、導入するには人件費や通信システムの費用などのコストがかかるなど、医療機関側の負担が大きい。これでは積極的にオンライン診療の導入に踏み切れない。2022年4月の規制緩和で診療報酬の改定も行われ、徐々に対面診療との報酬格差が縮まりつつあるが、課題は残る。
■オンライン診療の利用者、約8割が「再診」「慢性疾患」 通院回数の多い人ほどメリット実感
2022年4月の規制緩和により、これまで診察できなかった「初診」や「急性疾患」も利用対象となったが、現時点での利用実態はこれまで通り「再診」「慢性疾患」が多いと原さん。
「当社のサービスを利用されている患者さんは、約8割が高血圧や糖尿病などの慢性疾患を抱えた方です。慢性疾患の方は定期的な通院が必要ですが、オンラインで通院にかかる時間や労力を軽減できるので、通院回数が多い人ほど利用メリットを感じられているのだと思います」
患者が時間や体力面の負担を減らせるのがオンライン診療の最大の魅力だろう。とはいえ、対面診療のように血液検査やレントゲンなど診療のための検査が出来ず、医療データも取りにくい点は現時点でのオンライン診療の弱点だ。そのため初診よりも定期的な診察が必要な慢性疾患の患者たちのニーズが高いのも頷ける。
一方で「初診や再診を問わず、必要な医療をいつでも提供できるように、より多くの医療機関にオンライン診療を導入してもらえるように働きかけています」と原さん。
利用する側の条件や制限の緩和だけではオンライン診療の普及は進まない。多くの患者にとって使いやすいサービスとなるためには、受診可能な医療機関が増えることだ。総務省の『令和3年 情報通信白書』によれば、これまでに全医療機関の約15%台にまで導入が広がっているが、前述したように医療機関側は「対面診療よりも低い診療報酬」というハードルを抱えている。
オンライン診療業界では、この現状を踏まえ、医療機関側の導入をいかに広げられるかが課題のひとつとなっている。
■「アプリが薬になる時代」オンライン診療の発展と未来の診療とは
オンライン診療は対面診療の代替ではない。対面診療よりも患者から得られる情報が少なくなるため医療品質が劣ると思われがちだが、オンライン診療は画期的な進歩を遂げつつあると原さんは語る。
「対面診療と比べて遜色ない医療の提供を目指すのではなく、デジタル技術の進歩によって、近い将来、対面以上のクオリティの高い診療を提供できるようになると思います。例えば、現在は診察室で聴診器を使ってアナログで呼吸音や心音を聞いていますが、その判断は受診時の音に限られますし、医師の聞こえる音域に依存します。当社では医療機器として承認を取得した、呼吸音を測定するアプリを使って、正確な呼吸音のデジタルデータを診断材料として提供できるようにしました。患者自身のスマホで呼吸音を取り、医師と共有できるものです」
不整脈や呼吸器などの病気を診る場合、これまで医師は受診時の患者の状態しか診ることができなかったが、デジタルで音を取ることで24時間365日の患者の状態が把握でき、さらに人間の耳では聞き取れなかった異常も発見できる可能性があるという。
実はこうしたデジタル技術を応用したアプリは既に日本で他社から製品化されている。例えば、ニコチン依存症を対象にした「治療用アプリ」と呼ばれるものが2020年に薬事承認を得て禁煙外来で処方されている。高血圧の治療補助アプリも登場している。いずれも認知行動療法を応用しアプリが常に生活習慣の改善を促して効果を得るものになっている。
アプリが薬と同じように処方される時代なのである。
「今、オンライン診療とともに、こうしたデジタル技術を医療に役立てる『デジタルセラピューティクス』の分野がますます注目されています。医療データの解析から精度の高い診断、治療につなげようというのが先進的な医療のひとつです」
現在、MICINではがん領域から、糖尿病や過敏性腸症候群といった患者数の多い病気まで治療用アプリの開発にも取り組んでいる。今後、デジタルセラピューティクスが切り拓く未来のオンライン診療は、どこにいても精度の高い診療がいつでも受けられるようになりそうだ。デジタル医療を活用することで慢性疾患が減って健康な人が増える、そんな明るい未来が、もうそこまで来ているのかもしれない。
(取材・文/福崎剛)
※かかりつけ医による初診からのオンライン診療ではない全くの新患の場合は、医師が情報通信機器を用いた初診が可能と判断した患者が対象となる
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2023/03/02