10月19日にスタートした井上真央主演の土曜ドラマ『少年寅次郎』(NHK総合)がしみじみと良い。脚本を手がける岡田惠和氏と井上真央といえば、朝ドラ『おひさま』以来、8年ぶりのタッグ。さらに、岡田脚本朝ドラ『ひよっこ』から、有村架純の幼なじみ・三男を演じた泉澤祐希、人気朝ドラ『まんぷく』からは塩軍団の森元役・毎熊克哉と、萬平&福子の姪・タカを演じた岸井ゆきのが出演。脚本家とメインキャストだけでも期待値が相当高いのに、もはや「お宝発掘」レベルなのが寅次郎の幼少期を演じる藤原颯音だ。
笑うとなくなってしまう細い目と、ふくよかで四角い顔は、渥美清によく似ている。掛け値なしに可愛いのに、決して「天使」なわけじゃない。ヤンチャでどこかふてぶてしく、そこそこ悪事もする。しかし、うっかり愛嬌にやられ、思わず脱力し、笑って許してしまう魅力がある。本当にNHKは子役の発掘が巧いが、今回のチビ寅次郎はそのなかでも別格だ。
そもそもこの物語は、山田洋二監督が『男はつらいよ』の主人公・車寅次郎の少年時代を描いた小説『悪童(ワルガキ)』をドラマ化したもの。言ってみれば、『男はつらいよ』エピソードゼロ的な作品になる。『男はつらいよ』シリーズ未見の若い視聴者にとっても、このドラマ単独で十分楽しめる内容になっているが、知っている者にとっては「だからこうなったのか!」と妙に腑に落ちるところが多い。
しかも実はこうしたつながりは、原作以上に岡田惠和氏の脚本と演出、役者の力量による部分が大きいのだ。
■血の通う豊かなキャラクターは岡田惠和ワールドならではの味付け
寅次郎は、遊び人の父・車平造(毎熊)が芸者との間に作った愛人の子で、くるまやの前に捨てられていた。しかし、母の光子(井上)は「しょうがないねえ、この子に罪はないんだから」と引き取り、愛情深く育てる。この物語では、少年寅次郎にとって一番の味方であり理解者で、太陽のような存在になるのが、この明るく優しくおおらかな育ての母と、病弱で優しく聡明な兄である。
しかし、映画『男はつらいよ』にはどちらも登場していない。兄がいたこと自体知らない人が大多数ではないか。それだけに2人の存在が儚く、非常に眩しい。とくに原作よりも魅力的なキャラクターとして肉付けされているのは兄で、2人のやりとりは実に微笑ましい。例えば、「バカだから風邪をひかない」と父に言われたことを気にかけている寅次郎に、兄が「そんなのはうそだ」と言うと、「じゃあ、俺も風邪ひく? 楽しみだなあ」と笑う寅次郎。そこから病弱で聡明な兄と、バカで元気な弟の寅次郎が互いを「うらやましい」と言っては、「え〜〜!?」と驚き、笑い合うシーンには胸が苦しくなった。
また、兄がいよいよ亡くなろうというとき。寅次郎が涙を手で拭うと、鼻の下に汚れがついて、ヒゲのようになった。兄はそれを見てかすかに笑い、寂しげに「いいなあ、寅は。みんなを笑わせることができて」と言うのだ。原作よりももっと血の通う豊かなキャラクターになっている兄は、朝ドラ『おひさま』で井上真央が演じたヒロインの優秀で優しい兄を彷彿とさせる。岡田ワールドならではの味付けと言って良いだろう。
また、『男はつらいよ エピソードゼロ』的なサービスでは、寅次郎を見守る存在として原作よりも早々に登場し、ちょこちょこ絡む泉澤祐希と岸井ゆきのの存在が挙げられる。映画でおなじみの「おいちゃんとおばちゃん」である。童顔の2人は、まるで子ども同士のような夫婦にも見える。
しかし、2人が子どもになかなか恵まれなかったということや、光子の安産を願い、お参りを重ねる寅次郎に「おいちゃん」が付き添ってくれている姿を描いていることで、「こういう優しい姿を見てきたから、寅次郎があんなダメな大人になっても、おいちゃんとおばちゃんはずっと可愛がっているんだな」としみじみ感じてしまう。さらに、さくらが生まれたときに「世界で二番目に大切にする。一番目は内緒(当然、母だが)」と言った寅次郎の思いを知ると、寅さんがさくらのことだけはずっと大事にしている理由もよくわかるというものだ。
■後につながる『男はつらいよ』寅さんの魅力がしっくりくる
ところで、原作との違いで非常に興味深いのは、寅次郎から父に向けられた目線だ。父は寅次郎の目の前で、寅次郎のことを「バカなやつだ」「どうせロクなモンになりゃしねえ」などとしばしばバカにする。原作では、寅次郎がそんな父を「嫌いだった」とはっきり言葉にしているが、ドラマでは寅次郎のそうした負の感情は見られない。
とくに、妹のさくらが生まれたときには「すぐ上にそんなロクでもねえ兄貴がすぐ上にいるんじゃ、嫁にもいけねえかもしれねえなあ」と父に悪口を言われ、原作では「悔しかった」と語っているが、ドラマでは「兄貴なんか? おいら。今父ちゃん、そういったよな」と、自分にとって嬉しい部分だけを耳に入れている。自分にとって不快なことは聞き流し、良いことだけを拾い上げることができる寅次郎の耳には、まるでポジティブフィルターでもついているかのようだ。
さらに、父の出征が決まったとき、母の寂しそうな顔を見て「お母ちゃんはお父ちゃんを好きなのか?」→「お父ちゃんを好きになることにする」と宣言する心の動きもおもしろい。ドラマ内の寅次郎は、父のイケズを正面から受け取らず、上手に受け流しながら「大好きなお母ちゃん」ごしにだけ父を見ていたことがよくわかる。
そして、それは生い立ちの複雑さに加え、血のつながりがなくとも絶対的な安心感を与えてくれる母の愛情深さの賜物だったろう。これは優しい岡田ワールドならではの味付けでありながら、『男はつらいよ』の寅さんの魅力にもつながってくる。育ての母からは愛情深さとおおらかさを、父からはテキトーさや口のうまさを受け継いだ寅次郎。後々にあんな感じの寅さんが出来上がるのが、なんだかしっくりくる。
■土曜ドラマが「夜の“朝ドラ”」的役割を担う枠へ?
土曜ドラマはこのところ『デジタル・タトゥー』『サギデカ』など、現代の社会問題をテーマとし、若年層も意識した印象の作品が目立っていた。しかし、『少年寅次郎』はおそらく今年1月末より放送された高橋一生×永作博美W主演の『みかづき』と視聴者層が重なる位置づけの作品だろう。
森絵都の小説を原作とした『みかづき』は、昭和から平成に至る日本社会の変遷を背景に、戦後教育と家族の半世紀を描いた物語だった。教育の変遷を縦軸に据え、時代の移り変わりと家族のあり方を丁寧に描いていたことから、「こういう作品を朝ドラで観たかった」という声も多かった。
ちなみに、同作の脚本を手がけた水橋文美江氏が、放送中の朝ドラ『スカーレット』の脚本を担当していることからも、「夜の“朝ドラ”」的役割を担う枠と言っても良いかもしれない。それにしても惜しいのは、たった5回の放送ということ。今後も「昭和という時代×家族」を描く「夜の“朝ドラ”」がこの枠から誕生してきそうだ。
(文/田幸和歌子)
笑うとなくなってしまう細い目と、ふくよかで四角い顔は、渥美清によく似ている。掛け値なしに可愛いのに、決して「天使」なわけじゃない。ヤンチャでどこかふてぶてしく、そこそこ悪事もする。しかし、うっかり愛嬌にやられ、思わず脱力し、笑って許してしまう魅力がある。本当にNHKは子役の発掘が巧いが、今回のチビ寅次郎はそのなかでも別格だ。
そもそもこの物語は、山田洋二監督が『男はつらいよ』の主人公・車寅次郎の少年時代を描いた小説『悪童(ワルガキ)』をドラマ化したもの。言ってみれば、『男はつらいよ』エピソードゼロ的な作品になる。『男はつらいよ』シリーズ未見の若い視聴者にとっても、このドラマ単独で十分楽しめる内容になっているが、知っている者にとっては「だからこうなったのか!」と妙に腑に落ちるところが多い。
しかも実はこうしたつながりは、原作以上に岡田惠和氏の脚本と演出、役者の力量による部分が大きいのだ。
■血の通う豊かなキャラクターは岡田惠和ワールドならではの味付け
寅次郎は、遊び人の父・車平造(毎熊)が芸者との間に作った愛人の子で、くるまやの前に捨てられていた。しかし、母の光子(井上)は「しょうがないねえ、この子に罪はないんだから」と引き取り、愛情深く育てる。この物語では、少年寅次郎にとって一番の味方であり理解者で、太陽のような存在になるのが、この明るく優しくおおらかな育ての母と、病弱で優しく聡明な兄である。
しかし、映画『男はつらいよ』にはどちらも登場していない。兄がいたこと自体知らない人が大多数ではないか。それだけに2人の存在が儚く、非常に眩しい。とくに原作よりも魅力的なキャラクターとして肉付けされているのは兄で、2人のやりとりは実に微笑ましい。例えば、「バカだから風邪をひかない」と父に言われたことを気にかけている寅次郎に、兄が「そんなのはうそだ」と言うと、「じゃあ、俺も風邪ひく? 楽しみだなあ」と笑う寅次郎。そこから病弱で聡明な兄と、バカで元気な弟の寅次郎が互いを「うらやましい」と言っては、「え〜〜!?」と驚き、笑い合うシーンには胸が苦しくなった。
また、兄がいよいよ亡くなろうというとき。寅次郎が涙を手で拭うと、鼻の下に汚れがついて、ヒゲのようになった。兄はそれを見てかすかに笑い、寂しげに「いいなあ、寅は。みんなを笑わせることができて」と言うのだ。原作よりももっと血の通う豊かなキャラクターになっている兄は、朝ドラ『おひさま』で井上真央が演じたヒロインの優秀で優しい兄を彷彿とさせる。岡田ワールドならではの味付けと言って良いだろう。
また、『男はつらいよ エピソードゼロ』的なサービスでは、寅次郎を見守る存在として原作よりも早々に登場し、ちょこちょこ絡む泉澤祐希と岸井ゆきのの存在が挙げられる。映画でおなじみの「おいちゃんとおばちゃん」である。童顔の2人は、まるで子ども同士のような夫婦にも見える。
しかし、2人が子どもになかなか恵まれなかったということや、光子の安産を願い、お参りを重ねる寅次郎に「おいちゃん」が付き添ってくれている姿を描いていることで、「こういう優しい姿を見てきたから、寅次郎があんなダメな大人になっても、おいちゃんとおばちゃんはずっと可愛がっているんだな」としみじみ感じてしまう。さらに、さくらが生まれたときに「世界で二番目に大切にする。一番目は内緒(当然、母だが)」と言った寅次郎の思いを知ると、寅さんがさくらのことだけはずっと大事にしている理由もよくわかるというものだ。
■後につながる『男はつらいよ』寅さんの魅力がしっくりくる
ところで、原作との違いで非常に興味深いのは、寅次郎から父に向けられた目線だ。父は寅次郎の目の前で、寅次郎のことを「バカなやつだ」「どうせロクなモンになりゃしねえ」などとしばしばバカにする。原作では、寅次郎がそんな父を「嫌いだった」とはっきり言葉にしているが、ドラマでは寅次郎のそうした負の感情は見られない。
とくに、妹のさくらが生まれたときには「すぐ上にそんなロクでもねえ兄貴がすぐ上にいるんじゃ、嫁にもいけねえかもしれねえなあ」と父に悪口を言われ、原作では「悔しかった」と語っているが、ドラマでは「兄貴なんか? おいら。今父ちゃん、そういったよな」と、自分にとって嬉しい部分だけを耳に入れている。自分にとって不快なことは聞き流し、良いことだけを拾い上げることができる寅次郎の耳には、まるでポジティブフィルターでもついているかのようだ。
さらに、父の出征が決まったとき、母の寂しそうな顔を見て「お母ちゃんはお父ちゃんを好きなのか?」→「お父ちゃんを好きになることにする」と宣言する心の動きもおもしろい。ドラマ内の寅次郎は、父のイケズを正面から受け取らず、上手に受け流しながら「大好きなお母ちゃん」ごしにだけ父を見ていたことがよくわかる。
そして、それは生い立ちの複雑さに加え、血のつながりがなくとも絶対的な安心感を与えてくれる母の愛情深さの賜物だったろう。これは優しい岡田ワールドならではの味付けでありながら、『男はつらいよ』の寅さんの魅力にもつながってくる。育ての母からは愛情深さとおおらかさを、父からはテキトーさや口のうまさを受け継いだ寅次郎。後々にあんな感じの寅さんが出来上がるのが、なんだかしっくりくる。
■土曜ドラマが「夜の“朝ドラ”」的役割を担う枠へ?
土曜ドラマはこのところ『デジタル・タトゥー』『サギデカ』など、現代の社会問題をテーマとし、若年層も意識した印象の作品が目立っていた。しかし、『少年寅次郎』はおそらく今年1月末より放送された高橋一生×永作博美W主演の『みかづき』と視聴者層が重なる位置づけの作品だろう。
森絵都の小説を原作とした『みかづき』は、昭和から平成に至る日本社会の変遷を背景に、戦後教育と家族の半世紀を描いた物語だった。教育の変遷を縦軸に据え、時代の移り変わりと家族のあり方を丁寧に描いていたことから、「こういう作品を朝ドラで観たかった」という声も多かった。
ちなみに、同作の脚本を手がけた水橋文美江氏が、放送中の朝ドラ『スカーレット』の脚本を担当していることからも、「夜の“朝ドラ”」的役割を担う枠と言っても良いかもしれない。それにしても惜しいのは、たった5回の放送ということ。今後も「昭和という時代×家族」を描く「夜の“朝ドラ”」がこの枠から誕生してきそうだ。
(文/田幸和歌子)
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2019/11/02