米良美一の声質はカウンター・テナーですが、弱音を柔らかく響かせるのを聴くとコントラ・アルト的な美しさを内在しているといえるでしょう。
コンクール入賞歴でも分かるように、声楽好きにはその存在を認められていましたが、一般的には、1997年7月に公開された「もののけ姫」によって広く知られるようになりました。本アルバムは、その頃の米良美一の素晴らしさが詰まっている収録です。
1998年3月11日、12日、6月9日に札幌コンサートホール小ホールで収録された音源です。後から振り返れば、声の調子が一番よかった頃の録音でした。この演奏を聴いていると世界を代表するカウンター・テナーという世評も当てはまります。美声だけでなく、歌唱法、日本語の響かせ方などどれをとっても一級品でした。
日本歌曲集の第2弾とのことですが、とても丁寧な歌い方で、日本歌曲の美しさを再提示して魅せたというような歌唱でした。カウンター・テナーですが、それよりももっと妖艶なというべき魅力ある声質ですので、日本歌曲のように郷愁を誘う世界を歌うのには適役だと思いました。本当に素晴らしい歌唱です。ピアノ伴奏は内山夏子さんでした。歌手に寄り添う理想的なピアノ伴奏です。
「初恋」を聴けば分かりますが全体的にレガートで歌われており、音符のつなぎ目がスムーズで、丁寧で慈しむように歌っています。身体全体を楽器として鳴らすわけですが、頭声を聴いても響きの当て方が的確です。母音の響きは伸びやかで、子音の発音も美しく、声楽のお手本のようでした
「山寺の和尚さん」のように、コミカルな曲の表現方法もダイナミックで意表を突かれます。音の跳躍も違和感なく綺麗に繋がっていました。
「中国地方の子守唄」も素晴らしい出来栄えです。邦楽特有のポルタメントを伴った旋律が、日本情緒を感じさせますし、世界に誇れる日本固有の音楽文化の一面を表わしている作品だと思います。本当に巧みな歌唱技術を用いながら上手く表現していると感じました。少し暗い音色でスタートし、哀愁漂う情景を描き切っていました。子守唄特有の落ち着きとは別に、力強さは力任せではなく、巧みな技量で表現しきっていました。
ラストの「この道」は絶品です。日本語の美しさ、メロディから受ける哀愁、心地よい気分に包まれる名唱です。
なお、リーフレットに掲載されている楽曲解説は、長田暁二氏によるもので、丁寧に分かり易く説明されており、参考になりました。歌詞も全曲分収録してあるのは当然でしょうが、好印象を持ちました。
近年は様々な病気と遭遇し、昔のような美声を聴くことが出来なくなりました。以前にはスキャンダルもありました。辛酸を舐めた者のもつ凄みを身につけて再び歌手としての道を歩み始めています。ここに収められた美しい声はもう蘇らないわけですが、ここに歌われた様な歌心は健在のはずです。なにより他では得られない声質なので、素敵な歌唱を再び披露してほしいものです。