一緒に飲み、一緒に泣く 『プロ野球戦力外通告』プロデューサーが明かす密着取材の舞台裏
スポーツドキュメンタリー番組の企画の1つからスタート
「野球が大好きだった僕は、その年に引退した野球選手を取り上げた新聞記事『惜別球人』が楽しみで、読んではいろいろと想像を膨らませていました。そんな中、アスリートの悲哀を綴った永沢光雄さんのスポーツ・ノンフィクション『強くて淋しい男たち』を読んで触発され、クビになった野球選手のその後の戦いを描く番組を作りたいと考えたんです」
第1弾では、日本ハムから戦力外通告を受けた、かつて日本シリーズMVPや沢村賞にも輝いた石井丈裕選手に密着取材。石井選手が苦悩しながらも現役続行を希望し、台湾球界に移籍するまでを描いた番組は大きな反響を呼び、以降、定期的に特集が組まれ、毎回、高視聴率をマーク。『ZONE』終了後の2004年からは特番化され、12年には深夜枠からゴールデンタイムへ移行し、野球ファン以外の視聴者からも熱い支持を受け、年末恒例の人気特番として定着していった。
こうした支持の裏にあるのは、プロ野球という華やかな世界から一転、人生の岐路に立った一人の人間と真摯に向き合い、丁寧に取材していくスタッフのポリシー。それが最もわかるのが、番組の山場であるトライアウト(※)の結果を知らせる電話がかかってくる場面。トライアウトが終わってから5日間、いつかかってくるかもわからない電話を待っている姿をカメラは1日中、とらえ続ける。本人はもちろん家族からも信頼される人間関係を築けていなければ、そんな緊迫した時間を共有させてもらえることはできはしない。
「密着取材にあたっては、選手の温度感、心境をはかって対峙するのが大前提です。クビになって愚痴を言いたくても、今までのチームメイトには自分からなかなか連絡を取りづらく、仲間たちも気を遣って声をかけづらい。そんな状況が続く中、ずっと時間を共有し続ける取材ディレクターは、時には、カメラを回さずに酒を酌み交わして話を聞き、家族がいる選手だったら、家族とも仲良くなって、信頼をおいてもらえる関係を築く。取材対象者の状況は人それぞれ異なりますから、毎回、各々に順応した対峙の仕方をすることに留意しています」
選手と長く時間を共有するだけに、合格の知らせを受けた瞬間、一緒に泣いてしまうディレクターもいたのだとか。そんなスタッフ陣が番組を続けていてよかったと心から思ったエピソードがある。その一つが2015年に取材した中後悠平だ。
(※)12球団合同トライアウト/各球団で今年戦力外通告を受けた選手、または昨季以前に戦力外通告を受けNPB復帰を目指す選手が、各球団のスカウト、編成が見守るなか、実戦形式でプレー。気になる選手がいた場合、球団はトライアウト終了後、5日(2018年までは1週間)以内に本人に電話連絡する。今年は11月12日に大阪シティ信用金庫スタジアムで開催され、43人が参加した。