お笑いコンビ・ナインティナインが29日未明、パーソナリティを務めるニッポン放送『ナインティナインのオールナイトニッポン』(毎週木曜 深1:00)に生出演し、同番組を9月いっぱいで降板する理由を明かした。きっかけは矢部浩之がここ数年感じていた「達成感」に近い心境の変化だったという。
『番組終了 さよならスペシャル』と事前告知されていたこの日の放送。矢部浩之は「終わりたいと言ったのは僕なんですね。僕の意思なんですよ。スタッフの誰一人、岡村(隆史)さん、誰もそんなこと思ってないんですよ。僕の意思、判断なんですね。ほとんどの人に反対されました」と述懐。テレビでの数々の騒動の裏側なども二人で語ることも多く、岡村は「20年近く続いて生命線みたいなところもありましたからね」。矢部も「終わってメリットなんてないのでね、それもわかってるんですけど」と苦渋の決断だった。
2010年、岡村が5ヶ月間の休養に入った際、ラジオを終わらせず一人踏ん張った矢部。「僕なりに腹を括って、それなりに楽しくやらせていただいて。5ヶ月で復帰して本当に良かったなと。帰ってきて『あー良かった』とすごく安心したんですね。で、一段落というか役目を終えてしまった気持ちになったんですね。ホッとして達成感というか。やっていくうちに前のオールナイトニッポンの感覚じゃないと感じて、ゴールというかそんな感じになって」。
さらに矢部は続ける。「やっていくうちに(気持ちが)戻ってくると思ったんですけど、大きかったんでしょうね、出来事が。番組本も4〜5冊出してカウントダウンしていったんですね。この番組本が最後じゃないのに、ただこう、振り返るという作業が背中を押したというか、そうこうしているうちに20周年。あ、20周年かーと。そして1000回かと。自分のなかでそうなっていったんですね」。
「なんかこう(自分の気持ちに)うそつきながら(続ける)って心苦しいなって。20年以上もやらせていただいてコンビで向き合ってっていうのも唯一ですから。リスナーにも応援していただいて。気持ち悪いままやれないなって思えてきたんですよね」。
岡村によると、高校の時から20年以上の付き合いで、矢部が自ら「ちょっといいか」と切り出すのは初めてだったという。「ネタ作りにしても安心して任せてくれて、ギャラ交渉とかも俺に預けてもらったり、そういうの含めて20何年で初めてなんですよ。ほんまのこと言うと『辞めたい』じゃなくて『卒業したい』という言い方でして。コンビでしかわからない感覚。僕のなかで『あ、もう完全に決めたことなんやな』と思って、よっぽど初めてのことなんで考えて決めたことなんでしょうし」。
矢部は「(違和感を感じてから)4年近くですよね。その感じ。いつか戻るやろうと思ってたんですけど(戻らなかった)。継続することはすごく大変でしんどいことやと思うんですけど、自分の気持ちに正直になるのも大事かなと考えたり。特別な(番組な)んでね」といい、岡村も「ノリで『もうやめようか?』て言うたわけでもないですし」と理解を求めた。
終了発表後、周囲からプライベートの変化が原因では?とも言われたという矢部は「それは本当になくて。結婚して子どもできたことは仕事とは関係なくて、嫁も(同番組)聞いてたぐらいですから」とあくまでも私生活の変化は関係ないと断言。『ナインティナインのオールナイトニッポン』は終わるんですけど、ナインティナインはそのままなんですよ。なのでそこは理解していただきたいと」とリスナーに呼びかけた。
その後、10月から岡村隆史がピンで『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』を始めるとまさかの電撃発表。「残念ながら歴史は終わってしまいましたが、また歴史を作っていきます」とラジオ継続を誓った。
放送開始47年を迎えた深夜ラジオの代名詞『オールナイトニッポン(以下ANN)』。BIG3をはじめ数々の人気芸人、ミュージシャン、タレントが担当してきた歴代パーソナリティでも実に20年半という最長記録を持つ二人だが、先週21日深夜の放送のエンディングで突如、9月25日での放送終了を発表。その理由は一切明かさず、きょうの放送で報告するとして注目されていた。
ナイナイのANNは1994年4月に放送開始。2004年にはそれまでの最長記録だった『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』(74年4月〜85年10月)の11年6ヶ月を抜き、今年6月19日には前人未到の放送1000回を達成した。数々の人気番組を持つ二人が、じっくり持論を語るトーク番組はANNのみ。ラジオ史に残る人気番組も残すところあと4回、通算1013回で20年半の歴史に終止符を打つ。
『番組終了 さよならスペシャル』と事前告知されていたこの日の放送。矢部浩之は「終わりたいと言ったのは僕なんですね。僕の意思なんですよ。スタッフの誰一人、岡村(隆史)さん、誰もそんなこと思ってないんですよ。僕の意思、判断なんですね。ほとんどの人に反対されました」と述懐。テレビでの数々の騒動の裏側なども二人で語ることも多く、岡村は「20年近く続いて生命線みたいなところもありましたからね」。矢部も「終わってメリットなんてないのでね、それもわかってるんですけど」と苦渋の決断だった。
2010年、岡村が5ヶ月間の休養に入った際、ラジオを終わらせず一人踏ん張った矢部。「僕なりに腹を括って、それなりに楽しくやらせていただいて。5ヶ月で復帰して本当に良かったなと。帰ってきて『あー良かった』とすごく安心したんですね。で、一段落というか役目を終えてしまった気持ちになったんですね。ホッとして達成感というか。やっていくうちに前のオールナイトニッポンの感覚じゃないと感じて、ゴールというかそんな感じになって」。
さらに矢部は続ける。「やっていくうちに(気持ちが)戻ってくると思ったんですけど、大きかったんでしょうね、出来事が。番組本も4〜5冊出してカウントダウンしていったんですね。この番組本が最後じゃないのに、ただこう、振り返るという作業が背中を押したというか、そうこうしているうちに20周年。あ、20周年かーと。そして1000回かと。自分のなかでそうなっていったんですね」。
「なんかこう(自分の気持ちに)うそつきながら(続ける)って心苦しいなって。20年以上もやらせていただいてコンビで向き合ってっていうのも唯一ですから。リスナーにも応援していただいて。気持ち悪いままやれないなって思えてきたんですよね」。
岡村によると、高校の時から20年以上の付き合いで、矢部が自ら「ちょっといいか」と切り出すのは初めてだったという。「ネタ作りにしても安心して任せてくれて、ギャラ交渉とかも俺に預けてもらったり、そういうの含めて20何年で初めてなんですよ。ほんまのこと言うと『辞めたい』じゃなくて『卒業したい』という言い方でして。コンビでしかわからない感覚。僕のなかで『あ、もう完全に決めたことなんやな』と思って、よっぽど初めてのことなんで考えて決めたことなんでしょうし」。
矢部は「(違和感を感じてから)4年近くですよね。その感じ。いつか戻るやろうと思ってたんですけど(戻らなかった)。継続することはすごく大変でしんどいことやと思うんですけど、自分の気持ちに正直になるのも大事かなと考えたり。特別な(番組な)んでね」といい、岡村も「ノリで『もうやめようか?』て言うたわけでもないですし」と理解を求めた。
終了発表後、周囲からプライベートの変化が原因では?とも言われたという矢部は「それは本当になくて。結婚して子どもできたことは仕事とは関係なくて、嫁も(同番組)聞いてたぐらいですから」とあくまでも私生活の変化は関係ないと断言。『ナインティナインのオールナイトニッポン』は終わるんですけど、ナインティナインはそのままなんですよ。なのでそこは理解していただきたいと」とリスナーに呼びかけた。
その後、10月から岡村隆史がピンで『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』を始めるとまさかの電撃発表。「残念ながら歴史は終わってしまいましたが、また歴史を作っていきます」とラジオ継続を誓った。
放送開始47年を迎えた深夜ラジオの代名詞『オールナイトニッポン(以下ANN)』。BIG3をはじめ数々の人気芸人、ミュージシャン、タレントが担当してきた歴代パーソナリティでも実に20年半という最長記録を持つ二人だが、先週21日深夜の放送のエンディングで突如、9月25日での放送終了を発表。その理由は一切明かさず、きょうの放送で報告するとして注目されていた。
ナイナイのANNは1994年4月に放送開始。2004年にはそれまでの最長記録だった『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』(74年4月〜85年10月)の11年6ヶ月を抜き、今年6月19日には前人未到の放送1000回を達成した。数々の人気番組を持つ二人が、じっくり持論を語るトーク番組はANNのみ。ラジオ史に残る人気番組も残すところあと4回、通算1013回で20年半の歴史に終止符を打つ。
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2014/08/29